VUCAの時代を生き抜くための3つの思考法
VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)と表現される現代こそ、状況に適したアプローチが求められます。今回は、経営者が知っておくべき3つの思考法をご紹介します。キーワードは「センスメイキング」「パラドキシカル・シンキング」「エフェクチュエーション」です。
(掲載日 2025/01/29)
VUCAの時代の戦略的意思決定
1.予測ではなく未来を構想する
P. ドラッカーは、「未来を予測するだけでは問題をまねくだけである。なすべきことは(中略)来るべき未来を発生させるべく働くことである。(中略)来るべきものに形と方向性を与えるビジョンを描き、それを実現することである」*1と言っています。つまり、発生率が低くても経営に重大なインパクトを与えるリスクを把握して、それに対応できるように変化適応力を向上させておくことが大切だということです。またコンサルタントの大前研一はHarvard Business Review(2004年10月号および11月号)で、「先の読めないこれからの時代は、フレームワークとしての「戦略」ではなく、見えない大陸を突き進む個人の資質に基づく「構想力」が問われる」というようなことを述べています。VUCAとは、Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性の頭文字を取った言葉で、現代社会を象徴する言葉として最近よく耳にするようになりました。VUCAの時代、企業はAIやビッグデータを用いてできうる限り正確な予測を行い意思決定しようとするでしょう。しかしながら時代はUncertain=不確実であり、完全な予測に基づく戦略策定や計画立案は不可能です。逆に「どのような未来にしたいか」という個人の思いや意思が鍵であり、自分の描く未来への「確信」と、その思いを周囲に伝えて周囲を巻き込める 「共感力」が重要になってきます。
*1…出所:P. F. ドラッカー,「ドラッカー365の金言」,ダイヤモンド社,(2005)p73
出所:ロンドン・ビジネス・スクール,J. バーキンショウ教授のレクチャー「Managing the Company of the Future」,Coursera MOOC(2014)資料を翻訳加工
2.意味を見出し現実を創造するセンスメイキング
最近ビジネスシーンで注目されている考え方に、センスメイキング理論があります。これはアメリカの組織心理学者であるカール・ワイクが提唱した理論で、「論理的に正しい答えが導き出せない状況でも何らかの意味づけをして周囲を巻き込み行動に移すことで現実を創造することができる」というものです。センスメイキング理論の代表例としては、アルプスで遭難した雪中行軍訓練中のハンガリー軍のエピソードが挙げられます。猛吹雪の中で遭難した小隊のひとりのメンバーが1枚の山地図を見つけ、チームはそこに光を見出しその地図をもとに団結してなんとか無事下山しました。しかし後ほど、その山地図はアルプスではなくピレネーのものだった、ということが判明しました。このように、論理的には筋が通っていなくても、メンバーの納得感=腹落ち感が現実を創造するという現象が起こりうることが分かってきました。
センスメイキングを引き起こすためには、明確で一貫性のあるコミュニケーション、協調と対話の機会の創出、多様な視点やアイデアの活用を奨励することなどが必要となります。センスメイキング理論は、是非とも身に付けたいこれからの時代を生き抜く思考法です。
3.矛盾を受け入れるパラドキシカル・シンキング
ウェンディ・スミスとマリアンヌ・ルイスの共著による「両立思考」(英語名:Both/and Thinking)は、トレードオフ(一方がプラスになるともう一方がマイナスになる関係)あるいは相矛盾する事柄に直面した場合、択一思考に陥るのではなく、両立する方法を考えるという思考法と行動様式を説明しています。Win-Winを目指す統合型(ラバ型)に対して、一貫して非一貫的な態度を取る綱渡り型の考え方は示唆に富んでいます。というのは、複雑性が増し「統合」の方向性が見えない中、「えいや」で選択肢を限定する「択一型」の誘惑を排除して、あえてどちらにも偏らない「綱渡り型」で動くというのは、却って勇気のいることだと思います。VUCAの時代、経営者にはその不安定な立ち位置を楽しみながら踏み外さないように一歩一歩前に進んでいく、そんな行動様式が求められるのかもしれません。
経営者が直面するパラドックス(相矛盾する状況)には、革新と安定、寛容さと厳粛さ、理想論と現実論、といったものがあります。経営者はこのような緊張関係を受け入れ、組織内の革新性、創造性、成長を促進するためにこれらを活用します。そしてパラドックスを管理するための新しい創造的な方法を見つけ、それを取り入れることでより柔軟で適応力のある組織を作ることができます。VUCAの時代において経営者には、相矛盾するものそれぞれの強みを活かし、バランスのとれた効果的なリーダーシップ・アプローチを構築して、激しい環境変化を乗り切ることが期待されているのです。
※Pros & Consとは、メリット・デメリットのこと
出所:ウェンディ・スミス,マリアンヌ・ルイス,「両立思考 Both/And Thinking」,日本能率協会マネジメントセンター(2023),p293 (表8-6) を加工
4.偶然を味方にするエフェクチュエーション
エフェクチュエーションは、バージニア大学のサラス・サラスバシーが成功を収めた起業家に見られる意思決定を研究する中で体系化した、比較的新しい成功法則です。問題解決やPDCAといったロジカルなアプローチではなく、手元にあるものを使って偶然の要素も取り入れて現実をコントロールしようという考え方です。エフェクチュエーションでは、自分の手持ちの手段を評価して何ができるのかを見積もり、まずは自分のできることからスタートします。このことを「手中の鳥の原則」としています。次に予期せぬ出来事や偶然をテコにして活動を改善し、もし望ましくないことが起こっても、それをポジティブにとらえて目的を変更し活動を継続します。「レモンが来ればレモネードにすればいい」というアメリカのことわざから、これを「レモネードの原則」と呼びます。
このようにして事業を進める中で、利益最大化を目指した計画を立てるのではなく、現時点で自分がどこまで損失を許容できるかを明らかにします。失敗とは成功の糧で、また糧となりうる範囲で失敗することも重要な要素であり、これを「許容可能な損失の原則」と呼びます。自分自身で許容できない損失はパートナーが解決してくれるかもしれません。新たなパートナーに対して何をお願いするのか、どこまで協力してもらうのかを明らかにしてコンタクトを取り、パートナーシップを構築していきます。これはあたかも模様の違う布で作るパッチワークのようなもので、これを「クレイジーキルトの原則」と呼びます。このようにして、自分の手でコントロール可能な範囲で行動し、自分に望ましい未来を創造していくのです。これを「飛行機のパイロットの原則」と呼びます。
VUCAの時代、これまでのコーゼーション=因果関係による判断ではないエフェクチュエーションによる意識決定も、経営者には求められるようになるでしょう。
出所:神戸大学経営学研究科,吉田満梨准教授のレクチャー「エフェクチュエーションの5原則」(2020)を筆者編集
5.VUCAの時代の戦略的意思決定
経営学者の H. ミンツバーグは『MBAが会社を滅ぼす』(日経BP、2006)の中で、「画一的な経営学のカリキュラムは分析偏重と画一的思考を招く恐れがある」と述べています。これまで経営は確率論だと認識されており、未来を確率すなわち数値化して予測し、期待値の大きなものを選択するという手法が王道とされてきました。しかしながら確率は低くても経営者が意思決定して行動することで現実を動かすことはよくあることで、そういう意味で「経営は意思」であると言えます。AI技術がどんなに発展したとしても、未来予測は確率論の域を出るものではなく、また確率の高い選択肢を選んだからといって、必ずしも成功するというものでもありません。これからの時代は、未来を創る「構想力」とその実現に対する確信が人々の共感を生み周囲を巻き込んで現実化するという「確信と共感」が重要になります。
先が見えない中で何らかの意味付けを行い周囲を納得させて現実化するのは「センスメイキング理論」の主張するところであり、予測がつかない中で択一思考に陥らず代替可能な選択肢を相互に使い分ける考え方が「パラドキシカル・シンキング」であり、そのような計画通りにいかない環境下でもアウトプットを出すアプローチが「エフェクチュエーション」です。そしてこれらの3つの考え方はそれぞれがつながっていて、このスパイラルを理解することが、VUCAの時代を生き抜く経営者の戦略的意思決定の鍵となるのです。