被災後の早期営業再開へ 実践すべき準備と考え方(小売・飲食店編)
さまざまな災害リスクを軽減するには、災害発生を見据えた事前準備が大切です。適切な準備を行うことで、被災後の営業中止期間を短縮し、事業への損失を最低限に食い止めることができます。今回は小売店と飲食店を対象に、事業継続計画の考え方や準備の方法を紹介します。
(掲載日 2026/03/05)

小売・飲食の現場から考える「止めない店づくり」のBCP実践
「閉めるか、続けるか」─その判断を支えたもの
2019年の大型台風襲来時、私はコンビニエンスストア本部にて管轄地域のマネジャーとして勤務していました。警戒レベル4の避難指示が出された瞬間、管轄する全店舗に「即時営業中止」を指示しました。24時間いつでも開いているコンビニエンスストアを閉めるという判断に葛藤はなかったのか、とよく聞かれます。答えは「はい、ありませんでした」です。なぜなら、事前に「この状況になったら閉める」という判断基準を決めていたからです。一見すると「止めない」と矛盾するように見えるかもしれません。ですが私の言う「止めない店づくり」とは、営業を続けることではありません。止めるべき時に迷わず止め、再開までの時間を最短化する──そのための仕組みを持つことです。
大型台風や地震、感染症などの有事において、売上確保と従業員・顧客の安全をどう両立させるかは、小売・飲食店経営者にとって避けて通れない課題です。本コラムでは、コンビニ本部で29年間、加盟店支援に従事し、自らも被災を経験した立場から、「明日から作れるBCP(事業継続計画)」の考え方と現場で使える実践的な手法をお伝えします。
BCPは「未来への投資」である
BCPの本質は「行動指針」です。災害発生時には、従業員一人ひとりが何をすべきかを明確に示すことで、混乱を最小限に抑え、組織として迅速な対応が可能になります。そして、この行動指針の最優先事項は「従業員の安全確保」です。災害時に従業員が安全に避難でき、安否確認の体制が整っていれば、従業員は安心して職場に復帰することができます。この「安心して戻れる環境」こそが、早期の営業再開を実現する最も重要な基盤となります。
実際、従業員が迅速に復帰できる体制が整っていることで、店舗の営業休止期間を大幅に短縮することが可能になります。小売業・飲食業において営業休止は直接的な売上損失につながるため、一日でも早い営業再開が経営上の重要課題です。しかし、従業員の安全や安心が確保されていなければ、人員が揃わず営業再開は困難です。つまり、安全配慮と早期営業再開は対立するものではなく、安全配慮こそが早期営業再開を可能にする前提条件なのです。

首都圏特有の「複合リスク」を認識する
現代において小売・飲食店が直面するリスクは地震だけではありません。河川氾濫、津波、噴火、感染症など、多くのリスクがあります。また、それぞれが同時に起こりうる「複合リスク」の時代です。特に首都圏では電力・上下水道・ガスなどのライフラインにおいて深刻な被害想定が示されています。東京都の報告書によれば、直下地震では停電約4日、上水道約17日、下水道約21日、ガス約6週間の復旧期間が想定されています*1。「冷蔵庫が使えない」「調理ができない」「トイレが使えない」前提で計画を立てる必要があります。
また、東京都帰宅困難者対策条例(第七条)では、従業員の施設内待機と備蓄が努力義務とされています。小売・飲食店は、従業員だけでなく店内の顧客の命も守る覚悟が求められます。
*1…出典:東京都防災会議「首都直下地震等による東京の被害想定」報告書 第3章 想定される被害(区部・多摩地域の被害量)3.4ライフライン被害(令和4年5月25日公表) https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/021/571/20220525/n/002n.pdf
(電力:P3-36、上水道:P3-46、下水道:P3-49、ガス:P3-52)
「迷わない判断」のために事前に決めておくべきこと
有事の際、経営者や店長が最も苦しむのは「判断の迷い」です。迷いなく冷静な判断を下すには、事前に判断基準を決めておくことが不可欠です。例えば
①自治体から警戒レベル4避難指示の防災気象情報が出た場合*2
→即時営業を中止し、店舗より顧客・従業員の避難誘導
②店舗周辺で火災が発生したら
→顧客の避難誘導・調理場等電源の遮断(二次災害防止)・住民への危険周知や避難要請、行政当局への連絡*3
③ライフライン(電気、ガス、水道)全面停止
→店長が現拠点での事業継続の能力・可能性を確認し、事業継続もしくは休業を判断*3
といった「IF→THEN(もし~ならば、~する)」の明確な基準が有効です。この基準を全スタッフと共有しておくだけで、現場の迷いは大幅に減ります。
また、安否確認は迅速に行う必要があり、電話に頼らない連絡手段(安否確認アプリやSNSグループなど)を平時に準備しておくことが重要です。
*2…参考:気象庁「防災気象情報と警戒レベルとの対応について」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/alertlevel.html
*3…参考:内閣府「事業継続ガイドライン」P23、P24
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/pdf/guideline03.pdf
「止まる原因」は4つ
ヒト(要員)の不足
店長が被災したら誰も指示が出せない──これは「属人化リスク」です。対策は業務のマニュアル化と、店長不在でも回るシフト構築。あらかじめ代理を決める、複数店舗なら店舗間の応援の取り決めも有効です。モノ(在庫・設備)の脆弱性
特定の食材が入荷しない、POSレジが起動しない──対策は調達先の多重化、代替メニュー、手書き伝票と電卓など「アナログ手段」の確保です。カネ(資金繰り)の不足
復旧前に支払いが来る、売上が戻るまでの運転資金が足りない──支払優先順位、当座資金の確保、緊急時の借入先(金融機関)を事前に整理し、最低限の資金繰り表を作っておくと判断が早まります。情報(データ)の消失
顧客台帳、予約リスト、独自レシピ──これらがシステムの不具合やウイルスによるデータ破壊で消えれば、店は再開できても事業の運営に大きなマイナスの影響を与えます。重要なデータのバックアップルールとして「321ルール」の実践が有効です。独立行政法人情報処理推進機構によると、321ルールとは、データを3つ持ち(運用データ1つ、バックアップデータ2つ)、2種類の異なる媒体でバックアップし、そのうち1つは異なる場所(オフサイト)で保管する*4方法とされています。
*4…引用:日常における情報セキュリティ対策2-1,3(IPA独立行政法人 情報処理推進機構)https://www.ipa.go.jp/security/anshin/measures/everyday.html

使える「公的支援」を知っておく
BCP対策で活用できる策定支援や資金準備の公的支援をご紹介します。【東京都】BCP策定支援事業
東京都では、中小企業のBCP策定を推進するため、普及啓発セミナーや策定講座の開催、およびコンサルティングを実施して策定を支援しています。また、都の支援事業等により策定したBCPを実践するために必要な経費の一部を助成する「BCP実践促進助成金」も用意されています*5。*5…参考:東京都産業労働局「BCP策定支援」
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/chushou/shoko/keiei/bcp
【国】事業継続力強化計画(ジギョケイ)の認定
「事業継続力強化計画」は、中小企業が災害リスクに備えて策定する防災・減災計画を国が認定する制度です。認定を受けると、自家発電機などの設備投資に対する税制優遇や、日本政策金融公庫による低利融資といった金融支援が受けられます。さらに、ものづくり補助金等の審査での加点措置や、損害保険料の割引といったメリットもあります。災害時の事業継続力を高めて会社を守るだけでなく、資金調達や設備投資の面でも経営上の直接的な恩恵を受けられるのが利点です*6。
*6…参考:中小企業庁「事業継続力強化計画」
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/antei/bousai/keizokuryoku.html
「絵に描いた餅」にしないための訓練
計画を作っても、使えなければ意味がありません。重要なのは「訓練」です*7。従来の「10時に地震が起きます」と事前に伝える訓練では、実際の混乱を再現できません。推奨するのは、事前に詳細を伝えない「ブラインド訓練」です。例えば、店長に突然「今、あなたが倒れました」というカードを渡し、アルバイトスタッフだけで初動対応ができるかを試します。
また、BCPは「生き物」です。年に1回、組織変更や社会情勢の変化に応じて見直し、バージョンアップさせることが継続的改善につながります。
*7…参考:内閣府「事業継続ガイドライン-演習・訓練」P28
https://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/pdf/guideline03.pdf
今日から始める「4つの対策」
完璧な計画書は不要です。以下の「4つの対策」があれば、事業継続の可能性が高まります。1.ハザードマップの確認
国土地理院の「ハザードマップポータルサイト*8」で自店舗の浸水・土砂災害リスクを把握。自店舗が災害時にどのような被害を受ける可能性があるかを知ることが第一歩です。*8…国土地理院「ハザードマップポータルサイト」
https://disaportal.gsi.go.jp/
2.初動アクションカードの作成
発災直後(当日)に行うべき行動*9を名刺サイズにまとめ、全スタッフが携帯。緊急時に迷わず行動できるようにします。【表面】直ちに行う行動を明記
②顧客の避難誘導:「非常口はこちらです!」と声をかけ誘導する
③初期消火・救護:火元があれば初期消火、けが人の応急手当
④安否確認:従業員・顧客の逃げ遅れがないか確認、連絡網または災害伝言ダイヤルで無事を報告
【裏面】重要な情報と連絡先
発災直後は電話がつながりにくくなることが想定されるため、最低限の情報が必要です。統括責任者が不在・被災する場合を想定し、代理責任者の連絡先も併記することが重要です。
・一時避難場所:〇〇小学校(地図または住所)
・緊急連絡先(統括責任者):090-xxxx-xxxx(店長・社長)
・代理連絡先:090-xxxx-xxxx(副店長・専務)
・災害用伝言ダイヤル:「171」
・備蓄品の場所:1階倉庫(入口右側)など
*9…参考:中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針第2版」2-11、2-8、2-9
https://www.chusho.meti.go.jp/bcp/download/bcppdf/bcpguide.pdf
3.ボトルネックの特定
「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」の4つから、それぞれ「最も困ること」を一つずつ書き出し、その代替策を決める。最初からすべてを完璧にする必要はありません。4.3日分の備蓄
東京都帰宅困難者対策条例に基づき、(水9リットル+9食+簡易トイレ15回分)×(従業員数+想定顧客数)例)従業員5名なら、水45L+45食+簡易トイレ75回分が最低ライン*10 *11
*10…出典:内閣府「防災情報のページ」
https://www.bousai.go.jp/kohou/kouhoubousai/h28/83/special_03.html
*11…出典:内閣府(防災担当)「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」P27
https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/2412hinanjo_toilet_guideline.pdf
この「4つの対策」を実行することで、あなたの店は「止まらない店」へと一歩近づきます。

おわりに:経営者の「覚悟」と即時の「アクション」を準備して、全員の命を守る
BCPの本質は、分厚い計画書ではなく、経営者の「覚悟」と即時の「アクション」です。従業員、家族、お客様の顔を思い浮かべながら、「守る順番」を今日ここで決めていきましょう。災害のためだけではなく、「強い企業」を作るための最高のプロジェクトとして、BCPに取り組んでいただければ幸いです。
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