経営に活かせる「行動経済学」とは
人間の心理や感情がわかると、自社の商品・サービスをどうすれば消費者が購入してくれるのか、を理解することができます。「行動経済学」とは正にその方法を学ぶことに他なりません。「行動経済学」を学んで、自社の経営、マーケティング、売上アップに活かしてみませんか?
(掲載日 2022/03/14)
マーケティングに活かす! 中小企業のための「行動経済学」
マーケティングの第一人者であるフィリップ・コトラーは「行動経済学は『マーケティング』の別称に過ぎない」と言っています*1。本コラムでは、その行動経済学の理論を「マーケティング」に活用した事例を紹介します。
1.行動経済学とは
「行動経済学」とは、人間が必ずしも合理的に行動しないことに着目し、人間の心理的、感情的側面の現実に即した分析を行う経済学のことです。そのため、行動経済学は心理学と経済学のハイブリッドと表現されることもあります。行動経済学のマーケティングへの活用が注目されている理由としては、人間の非合理的な行動に着目し、“人間が意思決定する際のくせ”を知ることで、消費者の行動を誘導し自分たちの望ましい結果へと導くことができる可能性があるからです。以下に紹介する事例は、行動経済学の理論を「マーケティング・売上増加」に活用したものです。ぜひ、参考にしてみてください。
2.行動経済学をマーケティング・売上増加に活かす!
1)客単価をアップさせる!(極端回避性)
人間は、極端なものを回避する傾向があります。それが、『極端回避性』です。ここでは、お寿司屋さんの事例を紹介します。メニューが「上ずし1,000円」と「並ずし800円」の2種類しかないお寿司屋さんがあったとします。「上」を頼む人もいますが、多くの場合は無難な「並」が選択されます。そこで、「特上1,300円」をメニューに加えてみます。すると、「特上だと贅沢過ぎるし、並だと寂しすぎるかな」と考え、多くの人が中間の「上」を選ぶというものです。このように「3択」にすることで、真ん中の「上」を買ってもらえるよう働きかけ、客単価をアップさせることができます。「松竹梅」の設定も同様です。
2)お客の購買意欲を高める!(アンカリング効果、損失回避性)
『アンカリング効果』とは、最初に提示された情報・数値が、その後の意思決定に影響を与えることです。
アンカリングの「アンカー」とは錨(いかり)のことで、錨の刺さった地点となる情報・数値が、その後の判断の基準になっていきます。初めに定価をアンカーとして提示して、それから値引きを提示すれば、値引き後の価格がその時点の相場価格と同じでも、実際以上に「お得感」を演出することができます。
例えば、「通常価格より60%OFF」、「値札より30%引き」といった表示をすることで、もとの価格がアンカーとなり、実際に購入する価格が安く感じられます。
『損失回避性』とは、人間は損失することを極端に嫌うという心理を利用したものです。実際のマーケティングで応用されている事例としては、「〇日まで半額」や「数量限定販売」など期間や数量を限定するものです。期限のあるポイント付与サービスなども同様で、消費者はこのチャンスを逃すと「損をする」と感じ、商品購入に前向きになることが期待できます。
3)他社との差別化を図る!(ハロー効果、ウェブレン効果、決定回避の法則)
『ハロー効果』とは、目立ちやすい特徴・印象につられて、他の特徴・印象に影響が出る現象のことです。日本語に訳すとハローは「後光」となります。学歴や見た目が良いと、性格まで良い人に感じるといった経験はないでしょうか。これは、商品販売にも影響します。例えば、権威のある人から評価を受けていたり、コンテストで受賞歴がある商品は、その評価につられて、実際の価値以上に良い印象を持ってしまうというものです。CMに人気タレントを起用するのもハロー効果を期待しているからです。このように、ハロー効果は、他社の商品より良いものと感じさせ、消費者に選ばれるために効果を発揮します。「販売累計○○万台突破」「業界シェア率ナンバーワン」などもハロー効果の一種です。
また、『ウェブレン効果』とは、価格設定を高くしたりブランドイメージを確立することで、消費者の自己顕示欲を刺激し、購買意欲を高める効果があります。『決定回避の法則』とは、選択肢が多すぎると、選択すること自体が難しくなるので、選択肢(商品数)を減らした方が選択行動を促進する傾向があるというものです。この2つを応用して、安価なものを幅広く揃える何でも屋ではなく、「高級な○○の専門店」とすることで他社と差別化を図り、自己顕示欲の高いコアなファンを獲得することも期待できます。
4)新規顧客とファンを獲得する!(保有効果、社会的選考)
『保有効果』とは、自分が今持っているものに実際よりも高い価値を感じたり、それを失うことに強い抵抗感をもつ心理効果です。この保有効果を生かしたセールスの方法が、「無料お試し期間」・「返品返金保証」などです。利用(保有)までのハードルを下げることで、気軽に手に取ってもらい、その後は手放すのが惜しいと思わせて継続利用につなげます。そして、継続利用から「ファン」になってもらうことも重要です。
また、『社会的選考』とは、他者や環境に配慮する心理のことです。人間は、自分のことだけでなく、他者を大切にする性質を持っています。そこで、会社の経営理念や社会的使命を掲げたり、実際に慈善活動を行うことなど、会社として社会貢献していることをアピールすることが効果です。最近では、SDGsに取り組むことが考えられます。真摯に社会課題の解決に取り組むことで、消費者や顧客が会社の姿勢に共感し、応援してくれる(ファンになってくれる)ことが期待できます。もちろん、上辺だけの取り組みでは、いずれボロが出て、消費者や顧客の信用を失うことにもなりかねませんので注意しましょう。
3.行動経済学を社内・マネジメントでも活かす
1)参加率等の向上、期限厳守の徹底(同調効果、フレーミング効果)
『同調効果』とは、大多数と同じ行動を取ることで安心感を得る、逆を言うと自分だけ周囲と違うと不安になるという現象です。また、『フレーミング効果』とは、ほとんど同じ事柄なのにもかかわらず、言い方や表現を変えるだけで、相手の受け取り方も変わり意思決定に影響を与えるというものです。
例えば、健康診断の受診率が悪い場合、「まだ受診していない人は、●●人です。速やかに受診してください。」と案内すると、それが多数派だと思わせてしまう可能性があります。そこで、「すでにほとんどの人が受診を終えています。速やかに受診してください。」と案内すること、同調効果が働き、自分も受診しなければと考えを改めてくれることが期待できます。
また、書類提出に期限を設ける際も、「1カ月以内に提出してください」と伝えるよりも、「4週間以内に提出してください」と言い換えることで、単位が小さくなり、期限がより近く感じて〆切が具体的にイメージされます。「1週間以内」よりも「5営業日以内」という伝え方も同様です。これは、『フレーミング効果』の活用方法の一例です。
2)働き方改革の推進(デフォルト設定)
行動経済学は、時間外労働の削減や有休取得の促進といった働き方改革の改善にも活用することができます。警察庁/中部管区警察局 岐阜県情報通信部では、宿直の翌日は休日とすることを通常とし、翌日も勤務したい場合には上司に申請しなければならないというルールを設定しました*2。これは、望ましい選択や行動を『初期設定(デフォルト)』とするもので、他の選択・行動するためには「わざわざ変更する」というコストを負わせるという手法です。その結果、宿直明けの休暇取得人数が、約3割増加したそうです。
残業を「事前申請制」にするというのも、デフォルト設定となります。残業時間が多くて困っている企業は、「事前申請制」の導入を検討してみてはいかがでしょうか。
4.行動経済学を活用する際の注意点
注意点としては、行動経済学の使い方を間違えるとネガティブなイメージを与えたり、信用を失うリスクがあるということです。「1カ月無料お試し」でお客を引き付けておきながら、利用規約に小さく「自動継続」と記載し、お客が知らぬ間に月額料金を支払っているというようなやり方は、決して許される行為ではありません。行動経済学は心理テクニック的な要素もありますから、使い方には注意しましょう。
5.まとめ
行動経済学理論をマーケティングに活用することで、売上アップや他社との差別化につなげることが期待できます。ぜひ、自社のマーケティングに行動経済学を活用してみてはいかがでしょうか。
*1 「UTokyoBiblioPlaza(東京大学教員の著作を著者自らが語る広場)」, 東京大学Webサイト, https://www.u-tokyo.ac.jp/biblioplaza/ja/E_00107.html, (参照2022-02-28)
*2 第7回日本版ナッジ・ユニット連絡会議(平成30年12月12日) 資料1「社会の課題解決のために行動科学を活用した取組事例 職場環境・働き方改革分野(休暇取得促進):警察庁/中部管区警察局岐阜県情報通信部の取組」, 環境省Webサイト, http://www.env.go.jp/earth/ondanka/nudge/renrakukai07_1/mat01.pdf, (参照2022-02-28)