企業・組織に必要な「叱り方」を学ぼう!
「叱る」という行為はとても重要なスキルの一つです。にもかかわらず学校や職場でそれを教えてもらう機会はほとんどありません。組織の目標達成のために、経営者や上司には、叱り方の知識とそれを実行できる心構えが求められています。部下や組織を成長させる叱り方とは・・・
(掲載日 2022/01/17)
部下と組織を育てる叱り方
皆さんは叱り方が上手ですか。
「社員を叱ったら辞めてしまった」、「いくら叱っても部下が言うことを聞かない」という声を経営者からよく聞きます。叱るという行為は、褒めると同じく、会社や組織のリーダーにとって、組織を成長させるために必須のスキルです。しかし、このスキルを学ぶ機会はあまりありません。
叱り方をビジネススキルの一つとして捉えると、叱り方にも効果的な方法とそうでない方法があるはずです。ここでは、部下や組織を成長させるために効果的な叱り方をご紹介していきます。
叱る目的は、相手を動かすこと
リーダーシップの本質は、人を動かすことにあります。その意味では、褒めることも叱ることも、リーダーが部下を上手に動かす手段のバリエーションの違いに過ぎません。部下を動かすために褒めることもあれば、叱ることもあります。
叱るという行為は、目的を達成するための手段であり、それ自体が目的ではありません。目的もなく叱るというシチュエーションは、まず考えられないでしょう。
では、叱るという行為の目的は何でしょうか。「叱る」の定義を辞書で調べると、「目下の者の言動のよくない点などを指摘して、強くとがめる(デジタル大辞泉)」とあります。このことから、叱ることの本質は、欠点を改善するように相手を動かすことにあることがわかります。
ビジネスの場合で考えると、叱ることの目的は、部下の問題行動の修正や再発防止にあります。ではなぜ部下の問題行動の修正や再発防止が必要かというと、会社の経営目的を実現させるため、組織の成長と発展のため、あるいはその部下の成長のためなどでしょう。
「叱る」と「怒る」の違い
よくある失敗が、「怒る」と「叱る」を混同することです。この二つは行動としては近似していますが、性質は全く正反対のものです。したがってこの二つの行動を明確に区別する必要があります。
もともと怒りの感情は、人類の進化の中で、命を脅かされる危機に直面したとき、アドレナリンを分泌させて大きな力を発揮させるために発達したと言われています(1)。つまり、怒りは生物の本能的なものです。相手との関係については、「怒る」は自分の生存の危機対処の反応ですので、その対象は自分にとっての敵です。
一方、「叱る」という行動は、人間の本能ではありません。「叱る」という行動は、何らかの目的を達成するために選んだ手段であり、理性的な行為です。したがって、時には強い調子で叱ったり、別の状況では優しく叱ったりするなど、そのときどきの状況によって方法を選択することが可能です。また、「叱る」は、組織や部下のための行動です。叱る側も叱られる側も同じ組織の一員ですので、相手とは協力的な関係となり、協力して問題を解決することが可能です。
以下にそれぞれの特徴をまとめると、以下のようになります。
怒る | 叱る | |
---|---|---|
定義 | 不満・不快なことがあって、がまんできない気持ちを表す。 | 目下の者の言動の良くない点などを指摘して、強くとがめる。 |
状態 | 感情的、本能的 | 理性的 |
コントロール | 不可能 | 可能 |
目的 | 自分の不満や不快感を解消する。 | 部下の問題行動を正して、組織をより良くする。 |
誰のため | 自分のため | 組織のため、部下のため |
相手との関係 | 敵対的 | 協力的 |
例えば、遅刻グセのある部下を注意する場合を想定してみましょう。部下の管理ができていないと自分の評価が下がるから注意するときは、たいていは「怒る」ことになります。
一方、部下の成長のためという目的で考えると、「叱る」を選択することになります。そして、どうすれば遅刻グセが直るのか、協力して問題解決の方向性を探るようになります。
重要なのは、「叱る」ことが必要な場面で、「怒る」を選択していないかをチェックすることです。特に、上司が「自分自身の利益のため」という目的で接すると、部下は敏感に察知するので注意が必要です。
また、「叱る」目的や理由を部下に正確に伝えることも重要です。上司は「叱っている」つもりでも、部下は「怒られている」と誤って認識してしまうこともあります。目的を相手と共有し、協力して問題解決するという姿勢を伝えておくと、誤解が防げます。
効果的な叱り方
では、部下を動かすために効果的な叱り方はどのような方法でしょうか。
"嫌われずに人を動かす すごい叱り方"(田辺晃 著. 光文社. 2019-04-17)では、「褒め言葉と褒め言葉で叱る言葉をサンドイッチのように挟んで叱る」という叱り方が紹介されています。つまり、「褒める→叱る→褒める」という順で部下を叱る方法です。相手にとって受け入れづらい内容も、最初と最後に褒めることで、部下は自分の修正点や間違いを受け入れやすくなります。
この方法をうまく用いていたのが徳川家康です。
『松のさかへ』という文献には、次のような家康の叱り方が紹介されています。
「家臣を叱るときは、その者を個別に呼び出し、『お前はあの時はいい仕事をした』などと褒めたうえで、『今回の失態は、お前には似合わないことだ』とよく言い聞かせ、それから『くれぐれも今後は改めて、以前のように心がけてほしい』と伝える。そうすれば納得して、過ちを改めてくれるものだ。」
ポイントは、最後の褒める部分で、今後の期待を伝えることです。叱ることが最後にきてしまうと、部下は委縮したままですが、最後に期待を伝えることで、部下を「自分はまだ見捨てられていない。期待されているので頑張ろう」という気持ちにさせる効果があります。こうやって人材を活用することが徳川二百年の礎になったのかもしれません。
失敗する叱り方
失敗する例が多いのが、次のような叱り方です。
②人格や価値観を叱る
③叱り方に一貫性がない
①のように人前で叱ると、部下は自尊心を傷つけられます。そのような状態で、部下は上司の言うことを聞き入れるでしょうか。
また、②については、人格や価値観は叱っても直りません。一方で、部下は自分の人間性を否定されている気分になります。また、叱る対象はあくまでも部下の問題行動です。問題行動を修正・改善してもらうのが叱る目的であり、部下の人格を変えることは目的ではありません。
さらに、③のように、上司の叱り方に一貫性がないと、部下は上司のリーダーとしての資質を疑います。上司が気分によって態度や行動を変えたり、相手によって振舞い方が違ったりすると、部下は上司を信頼しなくなります。
特に①は禁物です。見事にこの失敗をしたのが織田信長です。
明智光秀が謀反を起こした本能寺の変については、原因は諸説ありますが、有力な説の一つが「怨恨説」です。光秀に対する信長の非道な仕打ちは数々あります。例えば、他の武将の前で信長は光秀の頭を欄干に打ち付けて叱責した、とか、「食事の魚が腐っている」と難癖をつけて役職を解任して恥をかかせた、など、枚挙にいとまがありません。そもそも信長の場合は「叱る」よりも「怒る」要素が強かったのかもしれません。いずれにしても、人前で叱ることは相手の恨みを買うだけです。
適切に叱ってくれる存在
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会が行った「怒られたい著名人」のアンケートがあります(2)。ここでは「怒られたい」となっていますが、誰かから自分の問題行動の指摘や是正アドバイスを受けたいという意味でこのアンケートを捉えると、「叱られたい」と読み替えることも可能でしょう。結果は以下の通りでした。
怒られたい著名人は誰ですか?(複数回答) ※【】内は票数
第2位 チコちゃん(NHK番組キャラクター)【12%】
第3位 イチローさん(元プロ野球選手)【10%】
第4位 松岡修造さん(元プロテニス選手)【9%】
第5位 天海祐希さん(女優)【7%】
重要なのは順位よりも理由です。第1位のマツコさんに対しては、「正しく素直に怒ってくれそう」、「的確に指摘してくれそう」、第2位のチコちゃんには「的確なことを言ってくれそう」、「心が傷つく事なく素直に聞き入ることができると思うから」、第3位のイチローさんには、「冷静に諭してくれそうだから」、「自分のことを考えて本気で怒ってくれそう」などのコメントがあります。
ここからわかるのは、人は叱られたくないわけでなく、適切に叱ってくれることを望んでいるということです。そして、叱られるということは、部下にとっては自分の欠点や誤りを改めて、より成長できるチャンスでもあります。
自分は適切な叱り方をしているか、部下の成長の可能性を引き出せているか。会社や組織の発展のため、また部下の成長のため、さらには自分自身の成長のために、経営者や組織のリーダーは自分の叱り方を見直してみてはいかがでしょうか。
<参考文献>
(1) "怒りは生存に必要な感情だ このやっかいな気持ち、科学的にみると". The Asahi Shimbun GLOBE+ . 2019-06-02, https://globe.asahi.com/article/12416995, (参照 2022-01-12)
(2) "6月6日アンガーマネジメントの日を前に、全国420人を対象とした、あおり運転と怒りの関係性の調査結果を発表!". 一般社団法人日本アンガーマネジメント協会Webサイト. 2019-05-28, https://www.angermanagement.co.jp/press_release/pr20190528, (参照 2022-01-12)