経営理念・社是(もしくはミッション・ビジョン)は社内に浸透している
中小企業にも必要な経営理念・社是
企業が何をめざしているのかを明確に示すことは、経営者の重要な使命です。広辞苑によると、経営理念とは、企業行動における基本的な価値観、精神、信念、あるいは行動基準を表明したもの、社是とは、企業の経営上の方針・主張を意味します(下表参照)。言葉によってニュアンスはやや違いますが、呼び方はどうであれ、大企業のほとんどが、企業のあるべき姿、経営者の方針や理念、従業員に求められる基本的な行動規範(行動する際の模範や手本)や心構えなどについて、何らかのかたちで文章化しています。
もちろん、経営理念や社是を示すことは、中小企業にとっても必要なことです。帝国データバンクが明治末年以前に創業した老舗企業を対象に2008年に実施した調査では、「家訓、社訓、社是、経営理念、信条」を持っている企業は77.6%で、その役割としては「共通価値観の醸成」「基本的な経営指針」「精神面での支柱」などがあげられています。また、日本政策金融公庫が2015年に実施した調査「中小企業による経営危機への対応と持続的な競争優位獲得への取り組み」によれば、利益率が高い企業は、低い企業に比べて「経営理念が従業員に浸透している」と回答している割合が高いという結果が示されています。
経営理念・社是には簡潔さと具体性を
経営理念や社是の形式は、企業によってさまざまです。漢字数文字のところもあれば、何ページにも及ぶものもあります。一般には簡潔なほうがよいと思われますが、短すぎて意味が不明確になってもいけません。まず重要な項目を列記して、次にやや詳しく具体的に記述するのもひとつの方法でしょう。
例えば、総合家電メーカーグループでは、大きな経営理念として「人間尊重を基本として、豊かな価値を創造し、世界の人々の生活・文化に貢献する企業集団をめざします。」としたうえで、「①人を大切にします。健全な事業活動を通じて、顧客、株主、従業員をはじめすべての人々を大切にします。」「②豊かな価値を創造します。エレクトロニクスとエネルギーの分野を中心に技術革新を進め、豊かな価値を創造します。」「③社会に貢献します。よりよい地球環境の実現に努め、よき企業市民として社会の発展に貢献します。」と、詳しく説明しています。
周知徹底と、めざすべき方向へ向けた取り組み
経営理念・社是を明文化しても、それが守られなければ意味がありません。経営者だけではなく、社内にも十分に浸透させることが必要です。社会経済生産性本部の調査(下記Step Up 1参照)でも、「社内での掲示」「社内誌・リーフレットの配布」「カードや手帳に印刷して常時携帯」など、さまざまな方法で周知徹底が試みられています。そうすることで、経営者を含めた従業員全員が経営理念・社是を理解していれば、企業のめざすべき方向に向かって全社一丸となって進むことは、より容易になるに違いありません。
Case Study
経営理念はわかりやすく、 粘り強く語り続けろ
A 社は、企業が示した方向性をいかに実行へ移すかの落としこみが重要だと考えている。そこで経営方針を徹底させる手段のひとつとして、経営理念カードを従業員全員に携帯させ、会議の際など、そこに明示された文言に関連したケースをあげて議論する。
(文房具製造/販売・136人)
B 社の社長は従業員によく理念を語りかける。例えば、全体会議(3、9、12月の開催)の場や工場での立ち話の場を通じて語りかけている。企業は人でできており企業の全部が人次第なので、従業員皆に同じ方向を向いてもらうことが大切と考えている。
(振動計測装置等製造・23人)
社長就任時に3カ月間かけて一生懸命考えて経営理念と社訓を定めたのはC社だ。それまで同社には、経営理念の類は何もなかった。同社の社訓は、企業風土を表している。こうした理念や社訓の話をいつも従業員に語っている。何をやるにも目的意識が必要なので、いろいろな言葉で表現して伝えている。
(電子機器用部品製造・50人)
Step Up
(1) 経営理念・社是を必要に応じて見直している
一度決めた社是や社訓は、常に守っていくよう心がけるべきでしょう。しかし、経営環境の変化を無視して社是や社訓に固執するあまり、事業の方向性を見失うことになっては、本末転倒です。実際、社会経済生産性本部(現 日本経済生産性本部)が大企業に対して2004年に行った調査によると、1998年から2004年の6年間に社是や社訓の見直しや変更を行った企業は全体の26.4%みられました。もし、社是や社訓が現状に合っていないのであれば、変えていく柔軟さも必要でしょう。
(2) 経営理念・社是を外部の関係者に伝えている
経営理念・社是を外部に向けてアピールすることも重要です。その企業が何をめざしているのかといった理念を明確にすることは、企業のブランドイメージの確立にもつながります。大企業のようにテレビコマーシャルや新聞雑誌の広告を多用することは中小企業には難しいかもしれませんが、店舗や工場での掲示、ホームページの活用、会合などでの経営者による直接の発信など、方法はいろいろとあるはずです。なお、こうした外部への発信のためには、あまり長い文章は向きません。長い経営理念は、少し短めのキャッチフレーズにまとめて、簡潔にアピールすることも必要でしょう。