「脱炭素×DX」で経営やビジネスに新たなイノベーションを
脱炭素やカーボンニュートラルへの取り組みは、中小企業にとっても他人事ではいられません。とはいえ、何から着手すればよいのか戸惑う経営者も多いはず。そこでDX(デジタルトランスフォーメーション)と組み合わせて新たなイノベーションを生む方法を専門家が解説します。
(掲載日 2024/12/26)
脱炭素×DXによる新たな経営改革の取り組み
1.はじめに
急速な温暖化に歯止めがかからない状況のなか、”脱炭素“の動きはあらゆる分野でますます加速し、気づかないうちに大きな流れとなっています。中小企業にとっても無関係の姿勢をとり続けることは難しい時代になってきました。また、脱炭素化に関連した技術やサービスが次々と生まれており、新たなイノベーション領域としても注目を集めるようになっています。一方で中小企業にとっては、脱炭素や環境配慮に関心はあるもののよくわからない、収益性に影響を及ぼすだけでは、という印象が未だに強い状況です。本稿では、脱炭素化にDX化をうまく組み合わせることによって、コスト改善と共に新領域でのイノベーション誘発に資する経営改善手法の策定と実践に向けた方法論を紹介します。
2. 我が国の脱炭素関連施策の進展
2020年の菅元首相の所信表明演説以来、2050年までに二酸化炭素(CO2)をネットゼロ(カーボンニュートラル;CN)とする政策目標が掲げられ、各自治体も温暖化対策実行計画を策定・実施しています。また、2024年11月、政府は2035年度に2013年度比で60%減とする調整に入ったと報道*1があり、具体なアクションがスピードを速めて進んでいます。さらに、2022年4月施行の改正地球温暖化対策推進法により、再生可能エネルギー利用促進の実効性向上を図るなど、地域での脱炭素化を促しています。再生可能エネルギーの購入に関しては、2012年からは太陽光、風力などを対象とした「固定価格買取(FIT:Feed in Tariff)制度」により導入が広がりました。さらにFIT切れ*2を視野に、2022年4月のエネルギー供給強靭化法の施行により、市場価格に一定のプレミアムを交付するFIP(Feed in Premium)制度が始まっています。
*1…出典:日本経済新聞 2024年11月23日付「温暖化ガス60%削減、35年度目標で政府調整 13年度比」
*2…FIT切れ:住宅用太陽光発電設備のFIT買取期間が終了すること
3. 脱炭素経営とは何か?
そもそも、「脱炭素経営」とは何なのか、その範囲はどこまでなのか?わかりにくいところです。環境省などは、「脱炭素経営とは、気候変動対策(≒脱炭素)の視点を織り込んだ企業経営であり、経営リスク低減や成⾧のチャンス、経営上の重要課題として全社を挙げて取り組むものです」と定義付けています*3。また、2050年カーボンニュートラルを見据えての経営ビジョンを定めた上で、CO2排出量の削減に向けて、どのような事業分野であっても共通のプロセスとして、「知る」、「測る」、「減らす」の3つの検討ステップに沿った実施が重要としています(図1)。
*3…出典:グリーン・バリューチェーンプラットフォーム「脱炭素経営とは」、環境省
環境省は、「中小規模事業者向けの脱炭素経営導入ハンドブック」を整備して、中小企業の脱炭素経営の導入に向けた検討の進め方について丁寧な解説をしています。併せて参考事例や補助事業及び融資スキームについても、環境省(企業の脱炭素経営への取組状況)、経済産業省(中小企業等のカーボンニュートラル支援策)などで進め方を具体的にわかり易く解説しています。
4.中小企業を取り巻く外部環境とビジネスとしての動き
CO2排出ゼロを宣言し行動を始めた地方自治体は、2022年の段階で749自治体にものぼっており、国内のほぼ大半の中小企業が所在する自治体が宣言をしているため、今後何がしかの影響を受ける可能性があります。一方で、中小企業の約70%がなんらか経営に影響を及ぼすと考えているものの、約80%は対策をしていません(図2)。コストの課題もさることながら、規制やルールが決まっていない(よくわからない)、対応しようとしても情報が乏しい、自社経営には関係ない、という理由が過半を占めています。対応の必要性は感じながらも法制度やルールなどの情報不足で様子見の状況です。
ただし、脱炭素への取り組みは、今後加速することはあっても取り止めにはならないため、様子見を続けることも難しい状況です。加えて、本稿執筆の2024年11月現在、原材料費やエネルギー費はより一層高騰し続けており、今後一層、脱炭素関係の法制度は強化され複雑化すると推測されます。そうなる前に早めに取り組みに着手したほうが、計画的かつ段階的な経費削減や経営の持続可能などに資すると考えます。
出典:「中小企業のカーボンニュートラル施策について」、経済産業省、2022年(出典元:商工中金「中小企業のカーボンニュートラルに関する意識調査(2021年7月調査))
5.中小企業が取り組むメリットと課題
中小企業の多くにとって、脱炭素に取り組む必然性が未だ明確になっていないと思われます。改めてその対象分野や項目等について、以下のようにコスト削減と売上げ向上、及びブランディングといった視点から整理しました(図3)。(1)脱炭素でより一層の原価(コスト)削減が可能
脱炭素すなわちエネルギーコストを限りなくゼロに近づけることです。近年では、ICT(情報通信技術)やセンサーの技術革新と大幅な低価格化により、これまで難しかった詳細なエネルギー消費量診断・分析が中小企業にも十分可能です。事業所や工場等のより一層の運転コスト削減や製造原価低減が可能です。CO2排出量は、製造から流通及び販売に至るまで一連の流れ(サプライチェーン)を共通で可視化できる指標でもあります。経費削減のための各種プロセスの効率化の一環として、エネルギーコスト縮減(≒脱炭素化)についてもICTを導入することで推進が容易になります。ここで留意したいのは、いずれの中小企業も省エネ関連設備の導入は、設備投資の優先順位としては高くないため、いきなり太陽光発電設備などを導入するよりも、まずは脱炭素実施計画を短期~中期でしっかり策定することが重要です。そのためには、
②省エネルギー可能な個所や範囲及び実施の優先順位を特定(コストのかからない運用改善から省エネ対策設備の追加投資まで)
③省エネによる削減量を勘案した必要十分かつ投資回収可能な太陽光など再生可能エネルギー設備の仕様検討
などといった段階的かつ一貫した検討プロセスを踏むことで、費用対効果の高いコスト低減が実現可能です。
(2)脱炭素関連の新たなブランディングや新規事業領域の創出等で競争力向上
①脱炭素ブランディングによる競争力強化2021年3月以降、アップル社やアマゾンをはじめ米国GAFA企業は、自社関連の製造に使用する電力を100%再生可能エネルギーに振り替えていくことを次々発表しました。当該社と取引する大企業はわが国にも多数あり、その企業が委託・下請けする多くの中小企業も影響を受けることになります。また、RE100(使用電力の100%を再生可能エネルギー起源にする企業の国際的企業連合)に参加するわが国の企業数は、2023年9月には世界第2位となっており、このような取引先から脱炭素を求められる機会は今後さらに増えるでしょう。
従って、脱炭素の取り組みを進めることにより、当該取引企業に選好されやすくなり、既存取引先との強固な関係構築のみならず、新規の取引先開拓にもつながり得ることになります。また、製品単位のCO2排出量を簡易に見える化することも可能で製品の差別化にもつながります。
②脱炭素からの新製品・サービスの創出
施設や各種設備を制御するマネジメントシステムも、ICT・AI技術の革新で、アイデア次第で中小企業やベンチャーも参入の機会が増えています。例えば、人の流れをモニタリングして人流データを活用する場合、センサー類、画像解析ソフト、商業テナントの人流と売り上げ関連予測ソフト、省エネ制御への人流反映システムなど、様々な商品やシステムが既に開発・導入された事例が見受けられます。図4にその事業可能性のある分野を示します。