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労務コンプライアンスの遵守 7つのポイント

労働人口の減少が進む中、人材の確保と定着は大きな課題です。ところが労務コンプライアンスが守れていないために、従業員が離職したり会社の評判が急落したりすることも。これは大企業だけの話ではありません。今回は労務コンプライアンスを遵守する7つのポイントを紹介します。

(掲載日 2024/01/25)

中小企業の労務コンプライアンスの進め方

1.就業規則とはなに?

就業規則とは、労働時間や休日、給料といった労働条件や、従業員が働く上でのルール・規律を定めたものである。常時10人以上の従業員を雇用する企業や個人事業主に作成することが義務付けられており、労働基準監督署への届出が必要となっている。作成や届出義務に違反すると、是正勧告が交付され、その勧告に従わない場合には、最大で30万円の罰金が科せられることが法律で定められている。

10人未満の従業員しかいないために作成していない場合や、法改正時に改定せずに法令を逸脱している場合、また規則が周知されていない場合などでは、いざという時に規則が効力を発揮しないことがある。就業規則を作成していない場合や規則に定めがない事項、規則の条文が労働関係法令に違反している場合には、労働基準法や労働契約法などの諸法令が最低基準として適用される。忙しい経営者が、労務トラブルが発生するたびに法令の条文を確認し判断するのは大変な負担であろう。また、誤った解釈をすることで、新たなトラブルが生じる可能性もある。そのため、トラブルの予防やスムーズな解決のためにも、関係諸法令を理解し、法令に即した自社に適した就業規則を作成しておくことが必要である。

作成した就業規則は、従業員代表等の意見を聞き、意見書を添えて労働基準監督署に届け出し、従業員に周知する必要がある。中小企業の従業員の中には、就業規則を見たことがない方や、経営者の中には規則をキャビネットにしまいっぱなしにしている方もいる。就業規則を作成しても、それが従業員に周知されていなければ、その就業規則は無効とされる。重大な不正を犯した従業員を懲戒解雇したいと思っても、就業規則に懲戒要件を定め、それを周知していなければ、懲戒解雇を行うことはできない。

また、国の助成金を申請する際には、就業規則の提出が求められることが多い。このようなことから、作成義務の有無に関わらず、従業員にしっかりと説明できる就業規則を作成し、それを周知し、メンテナンスを行うことが重要になるのである。


2.年次有給休暇の取得義務とは

長時間労働による過労死の問題や働き方改革を受け、2019年4月1日から、年間10日以上の有給休暇を付与される従業員に対し、少なくとも年間5日以上の年次有給休暇を取得させることが、事業者に義務付けられた。

中小企業の従業員の中には、「入社時に社長から年次有給休暇は当社にはないと言われ、一度も取得したことがない」「計画年休日*1を知らずに働いていたら、後で確認したら年次有給休暇が消化されていた」「年次有給休暇の付与時期や日数を知らない」「パートタイムなので年次有給休暇がない」といった声を聞くことがある。一方、経営者からは「我が社の従業員は一生懸命働き、年次有給休暇を申請しない」「休暇を取らずに頑張る従業員にはボーナスを増額する」といったことを耳にすることがあるが、これらの考え方は昭和、平成の時代までのものである。

現在では、従業員が年次有給休暇を申請しなくても、年間10日以上の年次有給休暇を付与する従業員に対し、年間5日以上の有給休暇を取得させていない場合、一人あたり最大30万円の罰金が科せられることが法律で定められている。

また、年次有給休暇の取得状況は年次有給休暇管理簿に記録し、3年間保管することが義務付けられた。事業者としては、年次有給休暇の取得が進まない従業員に対し、休暇の取得時季を指定してでも取得を促す必要があり、時季指定を実施する場合には就業規則に記載をしなければならない。

*1 計画年休日…事業者と従業員との間で取り決めを行うことによって、年次有給休暇の取得日について事前に計画を作成し、当該計画に従って、年次有給休暇を取得する制度。

従業員にとって働きやすい環境をつくるには法令を遵守した職場づくりがかかせません



3.適正な労働時間の管理、長時間労働

労働安全衛生法の改正により労働時間の管理はタイムカード記録、PC等の使用時間記録等の客観的な方法または使用者の現認が原則となり、時間を記録しない、適切でない申告制は認められなくなった。労働時間を適切に把握できなければ、長時間労働の実態把握と対策を講じることはできない。

労働時間の把握は長時間労働問題解決の出発点にあたる。2019年から(中小企業は2020年より適用。一部猶予業界あり)時間外労働の上限規制が開始され、違反者には6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられることが法律で定められている。

注意を要するのは不適切な時間管理や強制的に残業を抑える指示やサービス残業である。従業員の中には、時間外を手帳に記録し退職時や退職後に請求を求めたり、相談窓口に相談に行くケースもある。未払い賃金には、裁判になれば場合により付加金が加わり、遅延損害金は退職後にその利率が上がる点にも留意する必要がある。

退職者の中にはSNSでブラック情報を流したり、転職サイトのアンケートにずさんな労務管理の実態を記載する者もいる。これらの記載が応募者や内定者の目に留まれば、入社辞退につながる可能性もある。過重労働で精神疾患や死亡などの事故が発生すれば、今までの未払い残業代の他に労災補償、慰謝料の請求など多額な負担がかかるうえに、企業の評判も落とすことになる。売手市場のなかで労働環境の改善を求めて、他社に転職するケースも増えており、人材の流出は人手不足のなか経営に大きな痛手となる。長時間労働からもたらされた悲惨な出来事は、遺族からの訴えにより社会から注目されており、経営トップにも責任が及んでいる。しっかりと体制を整えておくことが必要だ。


4.36協定とは

サブロク協定と言われ、労働者に時間外労働や休日労働を命じる場合には、事前に従業員代表等と36協定を締結し、労働基準監督署に届出をしておかなくてはならない。届出を怠ったり、協定の運用に違反があると6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられることが法律で定められている。

協定を締結する際には、法令の上限時間を確認し、仕事量、内容、人員数、工期などをよく考慮した上で、労使が合意を形成し、届出を行うことが必要である。検討が不十分なまま届出を行い、上限時間を超過したり、届け出た内容を忘れて結果的に超過することがないように注意しなければならない。労働時間を把握し届出時間を超過しそうな場合には、事前に届出をしておくことが必要だ。労働時間管理が適切に行われないと、協定違反、未払い残業代、長時間労働による疾病の発症などが同時に発生する可能性があり、それぞれの罰則を課せられるケースも存在する。

さらに、人材関係の助成金や補助金の申請要件に、本協定の違反がないことを条件にするものもあるので、こちらについても注意が必要だ。

36協定を違反した長時間労働は、企業に大きなダメージを及ぼしかねません



5.健康診断の実施

事業者には、労働安全衛生法により、従業員を雇い入れる際や従業員の雇用後1年以内ごとに1回、健康診断(健診)を受診させることが義務付けられている。また、一定の有害業務に従事する従業員には6ヶ月以内ごとに1回、特殊健康診断を受診させる義務がある。

しかし、中小企業では管理が行き届かず、1年以内に1回の健診を受診していない、雇い入れ時の健診を受診していないケースが見受けけられる。中には従業員が健診を受診することを拒否したり、それをそのまま放置したりしているケースも存在する。従業員が健診を受診していない場合の罰則としては、50万円以下の罰金が科せられることが法律で定められており、従業員任せにはしていられない。

健診を受診させていないリスクとしては、安全配慮義務違反がある。従業員の健康状態を把握せずに不適切な配置をさせたことで発症した疾病や事故による安全配慮義務違反である。さらに、健診を受診させなかったために病気の発見が遅れ、生命を失ったり、復職できずに退職にでもなれば、使用者は責任を追及されるうえに人手不足のなか貴重な働き手を失うことになる。

事業継続のためにも、従業員には健診をしっかり受診させ、長く健康で働いてもらわなくてはならない。中小企業にも健康経営の取り組みが必要である。


6.労働条件の明示

使用者は、従業員を雇用する際には、労働条件の明示が必須となる。この明示は、原則として書面による交付が求められる。ただし、入社者が希望すれば、FAXや電子メール、SNSなどを用いた明示も可能である。ただし、これらの方法は出力して書面を作成できるものに限定される。口頭での明示は、後日「言った、言わない」のトラブルにつながる可能性があるため、上記の方法で提示することが労働基準関係法令で定められている。

明示事項には、必ず明示しなければならない「絶対的明示事項」と、定めた場合に記載する「相対的明示事項」が存在する。一度条件を提示すると、その変更には同意が必要となるため、よく確認のうえ作成し提示することが求められる。特に有期契約労働者には、雇止めのトラブルが発生しやすいため、労働契約書で双方がよく確認のうえ契約を締結することを推奨する。

個別契約の締結においては、就業規則と異なる契約を双方の合意の上で締結することが可能である。ただし、就業規則を下回る部分は無効となり、無効となった部分は就業規則で定める基準によることになる。

2024年4月からは、全ての労働者に対して就業場所・業務内容の変更の範囲の記載が必要となる。また、有期契約労働者には、有期契約の更新上限の明示、無期転換申込機会の明示、無期転換後の労働条件の明示の記載が必要となる。

労働契約の締結時に明示を怠ったり、入社者が希望していないにもかかわらず、電子メール等のみで明示したりすると、30万円以下の罰金が科せられることが法律で定められている。


7.法定三帳簿とは

税務に関しては、税法に基づき、総勘定元帳、契約書、現金出納帳などの保存義務が7年間と定められている。また、労働関係では、労働者名簿、賃金台帳、出勤簿(タイムカード等)の法定三帳簿の保存期間は、3年間から5年間に延長されたが、経過措置として、当分の間は3年間の適用となっている。違反者には30万円以下の罰金が科せられることが法律で定められている。2019年4月からは年次有給休暇管理簿の保存義務も追加された。

これらの書類は、雇用保険や社会保険の各種手続き、また厚生労働省管轄の各種助成金や補助金を申請する際にも必要となる。労働基準監督署の調査においても提出を求められ、管理が不十分な場合は監督官の印象を悪くし、トラブル時の証拠としても役に立たない。従って、これらの書類の整備と保管を、きちんと行うことが重要となる。

労務コンプライアンスを遵守した経営が人材採用・定着の成功を後押しします


まとめ

労務コンプライアンスの観点から見てきたが、これ以外にも、コンプライアンスを遵守しなければならない事項はまだ多く存在する。近年、ハラスメント問題が各所で頻発し、社会的な問題となっている。ハラスメントに対する教育やコンプライアンスの理解を、組織全体に深く浸透させることが求められる。

労務コンプライアンスの点検や整備については、自社で進める方法もあるが、最新の法改正や労務トラブルに対応するためには、専門家の助けを借りることを推奨する。現在、人手不足が問題となっている中で、人的資本経営が注目を集めている。求職者は、教育制度が整っている企業、人を大切にする企業、働きやすい環境を提供する企業を求めている。労務コンプライアンスの遵守は、人材の確保、従業員の満足度向上、そして社員の定着化を図る上で必須であり、これらは全て、企業の成長に直結する要素となる。

著者プロフィール

今井 靖(中小企業診断士、特定社会保険労務士)

三井住友銀行篠山支店長、志木ニュータウン支店長、ときわ台支店長、新宿西口支店長、東京中央支店長歴任後、株式会社ナカボーテック執行役員総務部長、株式会社竹徳取締役総務部長。人事・総務部担当役員。企業の職場環境改善、働き方改革などの支援実施。中小企業診断士、特定社会保険労務士、健康経営アドバイザー、第一種衛生管理者。

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