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現経営者と後継者の「良いとこ取り」ができる親族内承継の進め方

親族内承継が進まない理由のひとつが「親子間の関係悪化」です。ただし、適切な手順やフレームワークを用いることで円滑なコミュニケーションが促進され、さらには現経営者と後継者の双方の強みが生きる「シナジー(相乗効果)」が得られます。今回はそのポイントを解説します。

(掲載日 2025/01/06)

親族内承継でシナジーを発揮!成功する事業承継のコツ

近年、中小企業の後継者不足が深刻な問題となっています。少子高齢化や経営者の高齢化が進む中、後継者が見つからず事業を継続できないケースが増加しています。その結果、M&A(企業の合併・買収)によって第三者に企業を売却する動きも拡大しています。

しかし、2023年の東京商工リサーチの調査によれば、後継者が「いる」と回答した6万6,552社のうち、息子や娘などの「同族継承」が4万3,257社(構成比65.00%)と最も多い結果となりました(図表1)。このように、事業承継では同族継承(以下、親族内承継)が依然として主流であることが分かります。

図表1

出典:株式会社東京商工リサーチ TSRデータインサイト 2023年11月14日「「後継者不在率」が初の60%超え 円滑な廃業実務の見直しも必要」

しかし、親族内承継が必ずしも円滑に進むわけではありません。近年、大手家具小売店のような事例では、親子間の関係性の悪化が企業の業績低迷を招き、最終的には会社が消滅する事態に至りました。このような失敗の原因として、親子間のコミュニケーション不足が挙げられます。大手家具小売店の事例研究でも、親子間の経営方針や価値観の不一致、対話の不足が問題として指摘されています。


SWOT分析で現経営者と後継者の考え方を「見える化」

では、親族内承継を成功させるために、どのような取り組みが必要でしょうか。その鍵となるのが、現経営者と後継者の経営に対する考え方や価値観の「見える化」することです。これを実現するためには、双方が自分の意見を明確にし、お互いの違いを理解するためのフレームワークが必要です。この点で、SWOT分析は非常に有効な手法と言えます。

SWOT分析は、「強み(Strengths)」「弱み(Weaknesses)」「機会(Opportunities)」「脅威(Threats)」の4つの視点から状況を整理し、戦略を立案するためのフレームワークです。

「強み」は競合他社に比較して自社の優れた点や得意分野を指し、技術力や顧客基盤、ブランド力などが含まれます。「弱み」は改善すべき課題や、競合他社と比較して劣っている部分を指します。

一方、「機会」は外部環境から得られるプラスの可能性を意味し、市場拡大や技術革新、新規参入のチャンスが該当します。「脅威」は競合の台頭や経済状況の悪化など、外部要因によるマイナスを指します。これらの視点を整理し、組み合わせて戦略を考えることで、現実的な行動計画を策定することができます(図表2)。

図表2

SWOT分析は4つの視点で検討します
※筆者作成


SWOT分析を現経営者と後継者の双方が独自に作成し、それを比較することで、お互いの経営に対する価値観や考え方の違いを「見える化」することができます。

例えば、現経営者が「強み」として長年の顧客関係や技術力を挙げた場合、後継者がそれをどう評価しているか、また後継者が挙げた「機会」に対して現経営者がどのように捉えているかを確認することが可能です。これにより、なぜ経営方針が対立するのか、どこで意見が分かれるのかを明確にし、冷静かつ建設的なコミュニケーションを促進できます。

図表3

現経営者と後継者のそれぞれの視点でSWOT分析に取り組みましょう
※筆者作成



「傾聴」「共感」「対話」が円滑なコミュニケーションの秘訣

しかし親族内承継では必ずしも円滑なコミュニケーションになるとは限りません。親子間ではお互いに言いたいことを言ってしまいます。時に親子喧嘩にまでエスカレートしてしまうこともあります。大手家具小売店が典型的な事例です。

円滑なコミュニケーションを実現するためには、「傾聴」「共感」「対話」が重要です。

「傾聴」は、相手の話を注意深く聞き、その意図や感情を理解しようとする姿勢を指します。この姿勢によって、相手は安心して自分を表現でき、信頼が生まれます。

次に、「共感」は相手の感情や立場を理解し、それを共有することです。共感を示すことで、相手は「理解されている」と感じ、心理的な距離が縮まります。

そして、「対話」はお互いが意見や感情を自由に交換し合うプロセスであり、誤解を防ぎ、より深い理解と協力を可能にします。これら3つの要素がそろうことで、信頼関係が築かれ、相互理解を基盤にした意見や考え方のすり合わせが可能になります。


「強み」は現経営者、「機会」は後継者の視点を重視する

それでも意見が対立する場合、優先順位を考慮することが有効です。具体的には、「強み」は現経営者の視点を優先し、「機会」は後継者の視点を重視するアプローチが効果的です。これは、「強み」が長年の経営で培われたものであり、一朝一夕に形成できないという特性を持つからです。

中小企業では特に、「強み」が暗黙知として現経営者に依存しているケースが多く見られます。「暗黙知」とは、言葉や文字では表現しにくい、経験や直感、技能に基づく知識を指します。例えば、熟練の職人が持つ感覚的な技術や、長年の経験に基づく判断力が暗黙知の一例です。こうした暗黙知を把握し、共有するには現経営者の視点が欠かせません。

一方、「機会」は外部環境の変化を正確に捉える能力が求められます。多くの後継者は、事業承継前に外部の企業で働いた経験を持ち、自社を外部から客観的に見てきたことが強みとなります。そのため、後継者は市場や業界のトレンド、外部環境の変化に対して敏感であり、企業の将来に必要な「機会」を的確に見極める力を持つ場合が多いのです(図表4)。

図表4

強みは現経営者、機会は後継者を優先することがおすすめです
※筆者作成



経営者と後継者の特性によるシナジー(相乗効果)を!

これらの視点を統合し、戦略を検討する際に有効なのがクロスSWOTの活用です。クロスSWOTでは、SWOT分析で整理した「強み」「弱み」「機会」「脅威」を掛け合わせて戦略を立案します。

たとえば、「強み」と「機会」を掛け合わせることで、強みを活かして外部の機会を最大限に利用する成長志向の戦略を立案します。具体的には、現経営者が築き上げた顧客基盤を活かし、後継者が新市場への進出を推進する戦略がこれに該当します。

また、「強み」と「脅威」を組み合わせて、強みを活用して外部の脅威に対応する防御的な戦略を考えることも可能です。さらに、「弱み」と「機会」を組み合わせることで、弱みを克服しつつ機会を活かす改善志向の戦略を立てることができます。例えば、ITスキルが不足している企業が外部の専門家を活用してデジタル化を推進する場合がこれに当たります。

一方、「弱み」と「脅威」を組み合わせる場合は、弱みを補いながら脅威を回避するリスク回避型の戦略を考案します。例えば、コスト競争力に劣る企業が、ニッチ市場に注力してリスクを最小限に抑える戦略が挙げられます。

特に中小企業においては、「強み」と「機会」を掛け合わせた戦略に重点を置くことが推奨されます。中小企業は経営資源が限られているため、自社の強みを活かして外部の機会を活用することが、最も効率的で成果を出しやすいアプローチだからです。(図表5)

図表5

強みと機会を活かした戦略を講じることが中小企業には望まれます
※筆者作成


現経営者の「強み」と後継者の「機会」を活かしたSWOT分析による積極戦略は、両者の特性を融合させ、企業の成長を加速させるシナジーを生み出します。現経営者の長年培った経験や顧客基盤を基に、後継者が新たな市場機会や外部環境の変化に対応することで、企業は持続可能な成長を実現できます。さらに、現経営者が安定した基盤を維持しつつ、後継者の若い世代の感性やチャレンジ精神を活用することで、企業文化に新たな活力を吹き込むことが可能になります。

このように、両者が協力して補完し合うことで、過去の成功体験にとどまらず、新たな市場やビジネスモデルを取り入れ、企業の未来を切り拓くことができるのです。これが成功する事業承継のコツです。

著者プロフィール

巽 秀夫(株式会社デイテ 代表取締役)

売上向上、人材の活力向上、事業承継やM&Aを専門とし、企業の持続的成長を伴走支援します。市場分析や効果的な戦略立案で売上を伸ばし、人材の活力を引き出すことで組織力を強化。さらに、事業承継やM&Aを通じてスムーズな経営基盤の構築と次世代への価値継承を実現します。

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