人材定着&新規採用を後押しする「モチベーション理論」活用術
採用難が続く昨今、人手不足に頭を悩ませる経営者も多いはず。人材確保は小規模事業者や中小企業にとって大きな課題です。人材確保で着目すべきは採用だけではありません。「人材定着」への意識も大切です。今回はモチベーション理論を活用した人材定着・採用術を紹介します。
(掲載日 2024/12/10)
定着率向上で人手不足を克服!既存人材を活かし新たな人材を引き寄せる方法
人手不足の背景と企業への影響
帝国データバンクの発表によると、従業員の退職や採用の難しさ、人件費の高騰などが原因で発生する「人手不足倒産」の件数は、2024年4~9月に163件に達しました。これは過去最多を大幅に更新した2023年度をさらに上回るペース*であり、企業の人手不足は深刻さを増しています。
*出典…「人手不足倒産の動向調査(2024年度上半期)」帝国データバンク レポート 2024年10月4日
人手不足に直面すると、多くの企業が人材の採用に焦点を当てがちです。特に求人に対する応募者を増やす方法に注目するものですが、人手不足の原因を振り返ると、その多くは既存の人材が辞めてしまったことによるものです。よってこの問題を解決しない限り、新たに採用した人材も長続きしない可能性が高いでしょう。
穴の空いたバケツに水を溜めるには、まず穴を塞ぐ必要があるように、自社の人手不足を解決するためには、まずは人材の流出を止め、定着率を向上させる必要があります。
当記事では、アメリカの臨床心理学者であるハーズバーグが提唱したモチベーション理論「動機づけ=衛生理論」に基づき、不満足度に影響する「衛生要因」ではなく、満足度に影響する「動機づけ要因」の充足が定着率向上の鍵であることを説明します。さらには定着率向上の取組みを求人広告で訴求することで、新規人材の確保にも繋がる戦略を説明します。
私が人手不足対策を述べる理由
私はガソリンスタンドを運営する企業に21年間勤務し、うち13年間は店長を務めましたが、長期間にわたって現場での人手不足に悩まされてきました。この課題を解決するために様々な対策を講じましたが、非常に効果的だったのが今回ご紹介するモチベーション理論の活用です。これにより、退職者がほとんど出なくなり、学生アルバイトが学校を卒業した後も当店で働きたいと希望するような店舗を構築することができました。
その後、中小企業診断士として経営コンサルタントへ転身し、様々な中小企業のご支援をしてきましたが、ガソリンスタンドに限らず、多くの業種で人手不足が深刻な問題となっていることを実感しています。
そこで、私のガソリンスタンド時代の経験や、中小企業診断士として学んだ知識、多くの企業との接触を通じて得た知見がこの課題解決に寄与できればと思い、人材不足の対策を述べることとしました。
「動機づけ=衛生理論」の概要
「動機づけ=衛生理論」によると、従業員の満足度と不満足度は、それぞれ異なる要因によって左右されると考えられています。動機づけ要因を充足させると、仕事に対する満足感が大きくなり、モチベーションが上昇します。半面、この要因が充足されないと、満足感が小さくなりモチベーションが低下するものの、その低下幅は一定範囲で留まるとされます。
これに対し、衛生要因を充足させると、仕事に対する不満足感が小さくなり、モチベーションが上昇するものの、その上昇幅は一定範囲で留まるとされています。そして、この要因が充足されないと、不満足感が大きくなり最終的には退職してしまいます。
動機づけ要因の具体例としては、以下が挙げられます。
・責任:重要な仕事やプロジェクトを任されること
・達成感:目標を達成したり、困難な課題を克服したりすること
・仕事そのもの:興味・関心のある仕事や、専門性を活かせる仕事に取組むこと
・昇進:キャリアアップや自身の成長を実感すること
一方、衛生要因の具体例としては、以下が挙げられます。
・上司の監督:明確な指示やサポートを受けること
・給与:労働に見合った対価を得ること
・人間関係:メンバーとの良好な関係を築くこと
・労働条件:安全な職場環境で働くこと
これら衛生要因を改善しても、従業員のモチベーションを大幅に上げることは難しいとされるのはなぜなのでしょうか。
衛生要因改善の限界
例えば、従業員は高い給与を期待しますが、大幅な昇給が必ずしもモチベーション向上に繋がるとは限りません。これは、従業員が自身の貢献度に対して、ある程度の「相場」を意識しているためです。同様に、人間関係を良くしたとしても、一時的なモチベーション向上には繋がるものの、長期的かつ大きなモチベーションには繫がりにくいと言えます。これは、良くなった人間関係に一定の満足度を感じており、これ以上良くなることを期待しないという「天井感」が働くためです。
そこで、この「天井感」のない動機づけ要因を充足させることが、大きなモチベーションを生むと言えます。
退職と「動機づけ=衛生理論」の関係
従業員が退職する理由には様々なものがありますが、その本質は「不満足感が大きいから辞める」というケースが多く、「満足感が小さいから辞める」というケースは少ないと感じています。この「不満足感が大きいから辞める」を裏返すと、辞めない状態は「不満足感が小さいから辞めない」つまり「一応、特に問題はないから働いている」という消極的な状態を指します。よって、会社が衛生要因を改善して不満足感を小さくしても、職場で働き続けようという姿勢は消極的なままと言えます。
これを動機づけ要因を改善して「満足感が大きいから辞めない」つまり「ここで働くのが良いから働き続けたい」という積極的な姿勢に変えることで、人材の定着率を向上させることが可能になります。
定着率向上への具体策と募集への展開
ここまで見てきたように人材定着率を高めるためには、衛生要因と動機づけ要因の両面からアプローチする必要があります。具体的には以下の取組みが挙げられます。動機づけ要因の充足:満足度拡大のために
・従業員が仕事に慣れてきたら、権限や責任を与え、自律性を重視する。
・本人が納得できる目標を設定し、達成をサポートする。
・今の仕事ができるようになってきたら、新たな仕事を与え、成長を促す。
・従業員が持つ将来のビジョンを共有し、ビジョン達成を後押しする。
衛生要因の充足:不満足度縮小のために
・従業員が仕事に慣れないうちは、管理監督に努め、アドバイスをする。
・世間相場、最低賃金を踏まえた給与を設定する。
・コミュニケーションを促進させ、人間関係を維持する。
・長時間労働、休日数に配慮する。
このような取組みを行いながら、求人広告において自社はどのようにして動機づけ要因を充足させているのかといった取組みを、抽象的な言葉ではなく具体的に示すことで、応募検討者は働き方がイメージでき、新規人材の応募動機が高まることも期待できます。
例えば、以下のような告知内容が考えられます。
・責任の付与:「経験を積むほどに責任のあるポジションにチャレンジできる環境です」
・達成感の提供:「達成感を味わえる目標設定とサポート体制が整っています」
これに対して、給与や労働条件など衛生要因ばかりを訴求する募集告知は、応募のモチベーションも高まりにくいと言えるでしょう。