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<製造業向け>熟練技能を次世代へ!円滑な「技能伝承」のすすめ

経験豊富なベテランの技能が企業の強みとなり、中小企業の経営を支えているケースは少なくありません。言い換えれば、熟練技能者が現役を退いた途端に企業は強みを失い、経営難に陥るおそれも…。そんな状況を回避するための「技能伝承」の進め方を、具体策を交えて説明します。

(掲載日 2024/09/19)

技能伝承の進め方

熟練技能者が保有している技能を適切に次の世代に伝承することは、中小企業にとって重要な経営課題の一つです。本コラムではその技能伝承の課題と対応策についてご説明いたします。


1.はじめに

最初に、技能伝承が経営にとって重要であることをお話ししたいと思います。熟練技能者の保有する技能が、製品品質などを生み出す差別化の源泉として重要であることは、多くの方が納得するところです。特に生産工程の機械化やIT化があまり進んでいない企業にとってはなおさらです。しかし近年、若手社員の採用難や短期間の離職や熟練技能者の高齢化により、熟練技能者から若手技能者へ差別化の源泉である技能を継承することが難しくなっています。そのため約6割にも当たる中小企業が、確保が課題である人材として技能人材をあげています*1

また大阪府中小企業診断協会、モノづくり活性化研究会の「中小製造業における「技能伝承(継承)」の実態調査と提言*2」には、東京都大田区のデータを引き合いに、技能継承できないことが廃業等の要因になっているとの報告があります。

このように技能伝承が上手くいかないことは単に熟練技能者を確保できないだけでなく、企業の差別化源泉の喪失や企業の存続・承継にも関わるほどのインパクトがあるのです。

*1 出典: 2018年版ものづくり白書(p.27)
*2 出典:平成30年2月、大阪府中小企業診断協会、モノづくり活性化研究会、中小製造業における「技能伝承(継承)」の実態調査と提言(p.44)https://www.osaka-shindanshi.org/wpontent/uploads/2018/07/2017teigen_ginohdensho.pdf

技能人材の確保が望まれる中小企業において、若手への技能伝承は重要な課題になっています



2.技能伝承の課題と対策

技能は人が持っている暗黙知を主体とする相即不離な能力であり、実際の体験などを通じて伝承されるものとされています。現在の技能伝承の現場では、技能を可視化して伝える手段・手法が多くとられています。つまり暗黙知である技能を文字や記号、図表であらわし形式化して、それを基に伝承を進める方法です。また、一部形式知化できない技能については、体験・経験などを通して伝承者に技能を伝えています。しかし実際の技能伝承の場では、下表に示すようないくつもの課題に直面することが多々あり、その都度適正に対応して技能伝承を進めていく必要があります。

伝える側(熟練技能者)に関する課題

課題概要
対応策
熟練技能者の退職・離職・定年の延長や必要技能を持った人材の採用を行う
熟練技能者が技能伝承に関心がない、積極的でない・技能伝承業務を評価する仕組みを導入する
・技能伝承の重要性、目的を理解してもらう

伝えられる側(若手技能者)に関する課題

課題概要
対応策
若手技能者の技能伝承に対する興味が低い・技能保有後のキャリアなどを提示・共有する
・技能保有や資格保有等に対する評価制度を導入する
技能伝承した若手技能者が離職してしまう・技能保有後のキャリアを提示・共有する
・技能保有や資格保有等に対する評価制度を導入する
・伝承した技能を担当させて自他ともに後継者と認識させる
・継続的に、新たな技能伝承プログラムに参加させる
・複数の伝承者を育成・確保する(多能工化にもつながる)

伝承活動に関する課題

課題概要
対応策
技能伝承に十分な時間を割くことができない・技能伝承を業務時間に組み込み仕事化する
・デジタル技術を活用して技能の数値化や定量化、動画化などを行う
・若手技能者は事前にマニュアルなどで自習を行い、事後に日誌などで復習・定着を図る
・技能を細分化して、優先順位をつけて取り組む
熟練技能者と若手技能者との間に考え方の違いがあり、技能伝承がスムーズに進まない・お互いに相手の立場に立つ、相手の考え方・ものの見方を理解する、相手をコントロールしようとしないことなどを意識してもらう
・技能伝承後に客観的に自身の行動などを振り返ってもらう、たとえば日誌を作成する
・お互いの違いを理解し改善するために、仕事以外でも密なコミュニケーションの場を提供する

管理面に関する課題

課題概要
対応策
管理者が技能伝承の重要性を理解していない・経営者・管理者自らが、技能伝承の重要性と伝承できなかった場合のリスクを組織全体で共有化するように行動する
伝承すべき技能が共通理解されていない・伝承すべき技能を洗い出して重要度、伝承期間等にそって整理する
・技能者の伝承技能保有状況を整理して、一覧表を作成する
・上記を用いて誰がいつ技能伝承をするのか、中期的な予定表を作成して、関係者で共有する
伝承すべき技能が暗黙知のままの状態になっている・技能の標準化やマニュアル化を、若手技能者の目線で作成する(必要であれば、若手技能者と熟練技能者で作成する)

新技術活用に関する課題

課題概要
対応策
技能のニュアンス・コツを言葉等では十分に伝えられない・ビデオなどを使って作業の動画化を図る
・IoTやAIなどデジタル技術を使って、勘、コツの数値化や見える化を行う
体験型の技能伝承だけでは、中期的に環境変化に対応できない・IoTやAIなどデジタル技術を使った自働化をすすめ、技能の設備化を進める



2-1.技能を伝えるコツ

技能伝承の目的は、熟練技能者(伝える側)の考え方・動作を言葉などによって若手技能者(伝えられる側)に伝え、最終的に若手技能者が理解して、熟練技能者の考え方・動作を復元できるようにすることです。

このように説明すると、技能を人から人へ伝えるプロセスはいたって簡単だと思えてしまいますが、実際には大変難しいことです。その主な原因は、熟練技能者と若手技能者がそれぞれに異なった「当たり前」を持っていて、ものごとを捉える枠組みが同じではないからです。そしてそれに加えて、それぞれの「記憶」力に差があることがこの問題をさらに複雑化しています。熟練技能者と若手技能者の経験は全く違っているのですから、それぞれの「当たり前」は違っているに決まっています。そして、これを修正して同じにすることはできません。また、人の「記憶」はその人の「当たり前」の影響を受けるので、重要と思っていない「当たり前」を持っている人にいくら説明しても「記憶」には残らないということが、これまた当たり前の様に起こるのです。

技能伝承のコツは適切なコミュニケーションです。相手の立場を考えたやり取りが円滑な技能伝承を後押しします



2-2. デジタル技術の活用

中小企業の技能伝承を取り巻く環境は、採用難や離職問題、高齢化などが急速に進行してますます厳しくなると想像できます。このような環境変化の中で技能伝承を進めるためには、デジタル技術活用が不可欠です。デジタル技術を活用して技能を技術化することは、技能伝承を進みやすくするだけでなく技能・技術レベルを高め、企業の差別化をさらに強めることになります。またデジタル技術を使って技能を技術化することは、顧客価値を生み出すDX実現の基礎作りにもつながっていきます。

デジタル技術活用を進めることに二の足を踏んでしまう気持ちも理解できますが、経営課題である技能伝承への活用であれば全社で取り組みやすいのではないかと思います。また、中小企業向けの公的導入支援制度も整備され、デジタル技術導入のハードルが年々下がってきています。是非勇気をもってデジタル技術による技能伝承に取り組むことをお勧めします。

デジタル技術の活用は技能伝承の場でも効果的です



3.さいごに

技能伝承は、事業承継も含めた企業存続にも関わる経営の重大課題であり、経営幹部が自ら進んで取り組むべき活動だと考えます。今回のコラムが事業承継活動に取り組んでいる、またはこれから取り組む予定の方々に、少しでもお役に立てば幸甚です。

著者プロフィール

池谷 卓(TI経営コンサルティング 代表)

中小企業診断士、技術士(電気・電子分野)。
素材メーカーにて、エンジニアリング、新事業開拓、経営企画、DX推進などを経験。中小企業の経営改善や新製品・事業開発、生産性向上・省エネ支援などを中心に活動中。

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