「事業継続力強化計画」でリスク対策の第一歩を
自然災害や国際紛争など中小企業の経営に大きな影響を及ぼす出来事が後を絶ちません。そうした出来事に見舞われても、被害を最低限に抑えて事業を継続していくには事前のリスク対策が不可欠です。今回は簡易に策定でき、策定のメリットも多い「事業継続力強化計画」を紹介します。
(掲載日 2024/02/02)
多様化するリスクに備える「事業継続力強化計画」
1.事業を中断するさまざまなリスク
事業に停止や遅延をもたらすリスクは、地震、台風や豪雨による水害、感染症、サイバーテロ、国際紛争など多岐にわたります。(株)帝国データバンク「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査」(2023年)によると、中小企業が「事業の継続が困難になると想定しているリスク」は「自然災害69.3%、設備の故障42.5%」に続き、「感染症、情報セキュリティ上のリスク、物流(サプライチェーン)の混乱」が上位を占めます。自社の建物や設備に直接被害がなくても、サプライチェーンの停止や、火災の延焼、津波の襲来、取引先の休業などは事業を中断する要因になります。災害には地震のように前触れがなく突然発生し、広域にわたって大きな被害を及ぼすものもあり、公的な手厚い支援が受けられるとは限りません。災害後にいち早く事業を復旧するためには、自社の「事業継続力」を高めることが重要です。
2.事業継続計画の普及の遅れ
1970年代に欧米で生まれたBCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)は、2001年の同時多発テロ事件を契機に世界に広がりました。BCPとは「災害等のリスクによって事業が中断した後、優先順位の高い重要業務を目標時間内に復旧し、事業を継続する計画」のことです。長時間にわたって事業活動が停止・中断することは大きな損失を生むため、事前に対策を行って事業を復旧する仕組みを整えます。事業継続の準備がないと、災害後に対策を検討して復旧に着手することになるため、必要な資源の調達が思うに任せず、先に復旧した競合先に市場を奪わる可能性があります。日本でも内閣府の「事業継続ガイドライン」、中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針」などが公表され、策定が始まりました。しかしBCPは策定が難しいイメージが強く、日本での普及に時間がかかっていました。前出の「事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査」によると、中小企業のBCP策定率は15.3%に留まり、「BCPを策定していない理由」としては「策定に必要なスキル・ノウハウがない41.4%」、「策定する人材を確保できない30.2%」、「策定する時間を確保できない26.2%」などが上位です。
3.事業継続力強化計画の概要
そこでBCPと比べて短期間で策定でき、事業継続に取り組む第一歩となる簡易的なBCPとして、「事業継続力強化計画」の認定制度が2019年に開始されました。この計画は5つの大項目を埋めていくことで完成し、電子申請で地方経済産業局に提出すると経済産業大臣の認定が得られます。当初は自然災害(地震、水害)が対象でしたが、現在は感染症対策、サイバー対策としても策定できるようになりました。認定件数は全国で61,833社、うち東京都が6,879社となっています。(出典:中小企業庁「地域別認定件数一覧」(令和5年11月末日時点))さらに認定企業は、以下のような各種の支援策を受ける特典があります。
- ・金融支援(低利融資、信用保証枠の拡大など)
- ・防災・減災設備への税制優遇
- ・補助金(ものづくり補助金など)の加点
- ・認定ロゴマークの使用
- ・損害保険料の割引
この計画は事業活動を裏から支える計画で、革新的な取組を意識する必要はありません。人命や企業の存続に関わる内容も含まれますので、自社のリスクに沿って、抜け漏れが生じないよう最適の対策を検討します。
4.事業継続に関わる「6つの教訓」
関東経済産業局が令和元年台風第19号などで被災した企業にヒアリングしたところ、事業継続の6つの阻害要因が明らかになり、そこから「6つの教訓」が導き出されました。資金繰りに苦慮、営業停止に直面 | 【教訓1】被災時を見越して資金繰り対策等を講じておくべし |
業務に必要な情報を紛失した | 【教訓2】業務に必要な情報のバックアップをとっておくべし |
発災後の対応手順を決めるのに時間を要した | 【教訓3】発災後の対応手順を決めておくべし |
安否確認に反応しない社員がいた | 【教訓4】安否確認方法を周知徹底すべし |
清掃用具を備えておらず復旧作業が遅れた | 【教訓5】被災後の復旧作業を見越して備えをしておくべし |
取引先からの問い合わせが殺到した | 【教訓6】社内外への情報共有方法を決めておくべし |
これらの教訓を踏まえて事前に対策を検討することが、事業継続に成功するポイントです。
5.事業継続力強化計画の作り方
計画の策定方法を5つのステップで説明します。
Step1 事業継続力強化の目的の検討
「自社の企業活動の概要」には、事業内容とともに、自社の活動がサプライチェーンや地域経済の中でどのような役割を担っているか、「事業継続力強化に取り組む目的」には、何のために事業継続力を強化するかを記入します。災害で影響を受ける、従業員や家族、顧客や取引先、地域の方々などをイメージしましょう。Step2 災害等のリスクの確認・認識
「事業活動に影響を与える自然災害等の想定」では、ハザードマップなどを確認して、地震、水害、土砂災害など、自社の拠点で発生する可能性が高い災害を特定します。国土交通省ハザードマップポータルサイト、自治体のホームページ、J-SHIS(地震ハザードステーション)などを参考にします。
「自然災害等の発生が事業活動に与える影響」では、災害が「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」に与える被害を検討します。「事象」と「脆弱性」から「影響」を想定します。例えば「地震の大きな揺れ」(事象)に対して「建物の耐震対策が行われていない」という脆弱性は「建物が倒壊」という影響につながります。事業所内を歩き回って、具体的なリスクを思い浮かべてみましょう。
食料品製造業の場合:醸造用木桶の縁で作業している時に地震が発生すると桶に転落する恐れがある
金属製品製造業の場合:河川の決壊で室内のこの高さまで浸水し、在庫が水没する恐れがある。
このStepの「カネ」で教訓1(資金繰り)の、「情報」で教訓2(業務用の情報の毀損)の影響を考えます。
Step3 初動対応の検討
「自然災害等が発生した場合における対応手順」では、災害の発生直後の対応を決めます。初動対応で特に重要な、人命の安全確保、非常時の緊急時体制、被害状況把握と被害情報共有を検討します。復旧の進め方や体制を決めることで、教訓3(発災後の対応手順)、教訓4(安否確認方法)、教訓6(社内外への情報共有方法)を解決し、速やかに事業復旧に着手することが可能になります。Step4 人、物、カネ、情報への対応
「事業継続力強化に資する対策及び取組」では、Step2で確認した被害を軽減するために、「人、物、カネ、情報」の4つの視点で現在の取組状況を振り返り、事前に実行する具体的な取組を検討します。影響が大きい項目に重点を置いて対策を実施することで、実際の事業継続力を強化していきます。ここでは教訓1、教訓2の解決を図ると同時に、教訓5(被災後の復旧作業を見越した備え)への対応として、被害を低減する設備や清掃用品を検討します。Step5 平時の推進体制
「平時の推進体制の整備、訓練及び教育の実施」には、経営者が中心になり会社全体で推進すること、年1回以上の訓練や教育、年1回以上の計画の見直しや情報更新を記載します。災害の際にすばやく行動するためには、訓練や教育が非常に重要です。また訓練の反省や、事業内容、人事、設備などの変更を計画に反映させ、常に「使える状態」に保ちます。6.事例紹介:事業継続力を高めるヒント
1)経営者+事業継続委員会で策定・推進
計画の策定、推進に際して各部門から意見を聴き、事業継続委員会を構成します。委員会は非常時には災害対策本部として機能することを期待しています。2)取組の進捗管理
計画書には、今後の取組や、訓練・教育・見直しの履歴の進捗を記載する用紙がないため、進捗管理シートを用意して記録しています。3年後の再申請または変更申請の際に提出する「実施状況報告書」作成に役立ちます。3)こまめな訓練、教育の実施
訓練や教育は全従業員を集めて行うのが理想ですが、難しい場合もあります。計画の初動対応の抜粋を配布、他の会議や朝礼の一部の時間を活用、毎回異なるテーマで実施(安否確認、避難訓練など)、入社研修で教育用動画を視聴、などの事例があります。7.おわりに
計画策定や運用を独力で進めるのが不安な場合には、ガイドブック*などの情報や第三者の活用(専門家の支援、既に計画を策定した企業のアドバイスなど)が効果的です。計画策定(PLAN)の後、訓練または災害(DO)で運用、反省(CHECK)を踏まえて計画を見直す(ACTION)というサイクルで事業継続力が高まります。このサイクルはBCM(事業継続マネジメント)と呼ばれます。また、複数事業の展開など事業規模が拡大した場合は、事業復旧の戦略などを加えて、BCPへのスケールアップをお奨めします。
*中小企業庁「事業継続力強化計画」ホームページ:「事業継続力強化計画策定の手引き」