組織の視点から見る「事業承継」
企業が経営を永続化させるためには事業承継は避けては通れませんが、これを単純に経営者の代替わりと考えるだけでは不十分です。経営者個人だけではなく、会社組織全体を良い方向に変質させ、後継者が活躍できる体制を構築しておくことが望まれます。
(掲載日 2020/03/19)
事業永続化のための組織構築 ~事業を継ぐための組織力強化~
1)事業の永続化には承継が必要
現在の日本の中小企業の大きな悩み事として、後継者不足による廃業という問題があります。以下の図は、株式会社東京商工リサーチが公表している休廃業・解散と倒産の件数データを折れ線グラフにして示しています。リーマンショックの時期に問題となっていた倒産の件数は、グラフから見る限りでは一貫して減少傾向ですが、逆に休廃業・解散は増える傾向であることが読み取れます。
2019年版中小企業白書において、廃業した経営者が「事業を継続しなかった理由」を調べたデータがありますが、「もともと自分の代で畳むつもりだった」という理由を除けば、大きく2つのパターンに分かれているようです。
① 経営者が事業の将来性がないと判断し、結果として事業を引き継ぐ意欲を失った
② 資質のある後継者が得られなかった、もしくは親族外への引継ぎに抵抗があった
それぞれの企業で様々な事情があったうえでの辛い決断であったと推察しますが、企業は存続し続けて、世の中から求められる付加価値を提供することが存在意義であることを考えますと、やはり休廃業・解散という決断は残念と言わざるを得ません。
長年にわたり経営を続けてきた企業が、このような残念な結論に至らないためにどうすべきかというと、やはり生き残りをかけた企業変革が不断に必要であり、その方向性を考えることも経営の一部と言えるわけです。
企業は取引先や消費者から望まれる何かしらの製品・サービスを、適切な品質・納期・価格で提供することで顧客から支持されるわけですが、長い間の環境変化で顧客が何を望むのかが徐々に変わっていくことは避けられません。その変化に柔軟に対応することが必要ですが、その過程で企業の経営戦略を変更することがあります。具体的には、提供する製品・サービスの質を上げたり、納期や価格について顧客の要望に応えられるようにしたり、場合によってはより儲かる新事業を立ち上げたりということがあります。そのような事業転換を成し遂げるには大きなエネルギーが必要であり、経営者が若さを失っているようですと最後まで改革を成し遂げることが難しくなるようです。ここに、後継者がまだ若いうちに事業承継をするべき理由の一つがあります。
2)後継者が社内にいなければどうするべきか
多くの中小企業経営者は、大事に経営してきた企業を後継者に託す際に、やはり血縁者への承継を望むという意識があるように思います。一方で、日本の経済構造が急速に変化し価値観が多様化していく中で、経営者の子供や親戚が後継者としての任を負いたがるのかという問題もあります。経営者の血縁者が継がないとなった時に、事業を託すに足る優秀な従業員への承継も考えられます。しかし、その選択肢も満たされない場合に、先述のような後継者不在による休廃業・解散という事態になっていくわけです。休廃業・解散という決断においては、解雇された従業員の生活が一時的にせよ脅かされるなど、経営者としては寝覚めが悪い思いをすることも覚悟する必要があります。
また、昨今の傾向としてM&Aによる事業売却の可能性も考えておきたいところです。東京商工会議所ではM&Aを支援する事業引継ぎ支援センターの事業を受託・実施していますし、インターネット上でも中小企業のM&A仲介をするサービスが出現しており、他社に事業売却してでも従業員の雇用や取引先との関係を守りながら経営を引き継ぐという手法も拡がりつつあります。
3)後を継ぎたくなる会社は組織力が強い
経営を引き継ぐにあたっては、例えば借入金の連帯保証を引き継ぐというような個人として負うリスクがあります。先代の急逝などの理由で急いで承継したような例を除けば、リスクを承知のうえで後を継ぐ後継者には、そのリスクを引き受けてもなお生き残れるという勝算が欲しいと考えるのが自然ではないかと考えます。
企業は、厳しい競争環境の中で切磋琢磨していくものですので、取引先や消費者を惹きつける何らかの魅力を持っている必要があります。企業の競争優位性(強み)を分析する手法のひとつとしてVRIO分析というものがありますが、これを例にとりますと以下のような視点で分析を行います。
② Rareness(希少性)
③ Inimitability(模倣困難性)
④ Organization(組織)
①は分かり易いもので、要するに「欲しい!」「必要だ!」と思わせる製品・サービスを供給できるのかという事になります。
②は、その製品・サービスがなかなか簡単に入手できないことに価値が生まれます。
①や②を満たしている製品・サービスであれば一般に需要が大きい筈であり、それに目を付けた同業者が同じものを供給しようと参入してくるわけですが、その際に③が効いていれば参入を防げます。例えば、営業機密や特許権、ブランドイメージ、真似できないレベルの優れた職人技などが該当します。
上記①~③の項目について大事な視点としては、その強みが永続的に続くのか、時間とともに失われるのかということがあります。強みが特定の社員に帰属した能力により生み出されている場合、その人がいなくなると失われます。しかし、組織として自発的に強みを維持・強化し続ける仕組みができていれば、その心配はなくなるといえます。
後継者候補の立場からすると、組織がしっかり機能している企業を引き継ぐほうが、より安心できるのではないでしょうか。
4)強い組織を作る方法を知的資産経営で考える
最近、知的資産経営という考え方がクローズアップされています。名前の似ている知的財産(特許権など)と間違われやすいですが、企業の現状を分析して強みを洗い出す手法として注目を集めている考え方です。手法として、3つの切り口から分析を行います。
② 構造資産(組織のルールや仕組みとして自発的な組織行動を促せるもの)
③ 関係資産(企業の対外的な関係で頼りになる取引関係や人脈)
①人的資産については、企業の中で実力を発揮し優れたパフォーマンスを生んでくれる人材の存在は、大変有難いものといえます。いざとなれば、あの人がなんとかしてくれるという信頼感は心強いもので、スポーツでいえばスター選手のような存在といえます。しかし、どんな優れたスター選手でもいずれはいなくなるので、新しいスター選手が生まれる土壌を組織内に作っていくことが必要だともいえます。
②構造資産については、組織力と言い換えても良いでしょう。組織として何を達成するべきかという目標・目的を踏まえ、どの様に動くべきかという仕組みやルールがしっかりしていれば、組織はある程度自発的に動ける余地が出てきます。これは、先述の人的資産の喪失懸念を補うものであり、例えば一部のスター選手がもつ優れたノウハウを、いかにして組織内の仕組みやルールに置き換えていくかという事が問われます。言い方を変えれば暗黙知の形式知化と呼ばれるものになります。後継者候補の立場からした場合、まずここの部分がしっかりしていませんと日々の運営が不安定となり、新しい考えによる組織改革を図ることなどまったく困難になります。後継者候補は、事業の承継時期までに動かしやすい組織を作っていくことが重要です。例えば組織の若返りを図ったり、自分が頼れる右腕人材を見出して育てていったりすることなどです。
③関係資産については、外部の頼もしい企業との取引関係ということですが、これを維持・発展させるには取引先との調整力が重要であるともいえます。製造業を例にとれば、頼りになる外注先と今現在の取引関係があったとしても、日々の納期調整や価格調整、厳しい品質要求を伝えるなどの摩擦要因も多く、良好な関係を長年にわたり維持することには苦労があります。また、新しい取引先を探したりする手間もあります。この調整力のノウハウは、企業にてしっかりと共有していく必要があり、これもひとつの組織力の錬成といえます。
一般に、後継者を決めてから実際に承継するまでには、10年程度の準備期間が必要と言われます。後継者が自信をもって先代から企業を引き継ぐためにも、いずれ継ぐと決意したその瞬間から企業の組織をどう変えていくかを真剣に考える必要があります。現経営者の理解を得たうえで、将来の自分が動かしやすい企業にしていくことをしっかり考え、少しずつであっても次代を担うに足る組織を作っていくことが必須といえます。