価格増額の交渉をスムーズに運ぶために押さえたいポイントとは?
原材料費の高騰や人件費の上昇など、中小企業を取り巻く環境は厳しさを増しています。こうした状況の打開策のひとつが「価格増額」です。ところが、取引に影響してしまうと踏み出せない経営者も多くいるはず。そこで、価格増額の交渉を円滑に進めるためのポイントを紹介します。
(掲載日 2024/03/13)
顧客との価格増額交渉の進め方
中小企業診断士として業務を遂行する中で、価格交渉に関する支援のご依頼が増えてきています。特に最近では「増額しなければ経営が成り立たないのだが、納入先に『それなら他の取引先をさがす』と言われることが怖くて、どう進めればよいのかわからない。」というご相談が中心となっています。
実際コロナ禍以降、人手不足とそれに伴う人件費の高騰、円安もあっての原材料費の価格の上昇や、水道光熱費や配送費の負担増、ウクライナ紛争の影響など、あらゆる外的要因が経費を増額させる方向に向かっています。その一方、納入先に対しそれを反映させる増額をお願いするなどほとんどの事業者の方は経験がないと思われ、必要性とリスクの間で板挟みになっているのではないでしょうか。
今回はそのような事業者のために、価格交渉の基本的な考え方を紹介したいと思います。
1.購買担当者の特性を知る
何よりもまず相手のことを知らなければ、交渉は進みません。納入先には概ね、購買の担当者がいます。会社の規模によって専門の部署がある場合から、お一人でやられている、総務や経理の方が兼任されている場合など様々ですが、発注のほか、価格交渉や不具合対応の窓口となる購買担当者が最初の交渉相手になると思われます。
購買部門の仕事は「QCD」と言われます。Qは品質(Quality)、Cは価格(Cost)、Dは配送納期(Delivery)で、最近ではこれに機能価値(Value)を加え、QCDVとも言うようですが、製造業で考えれば、品質とは不具合がないことが最優先で、部品を購入する場合、1つでも不具合品があれば自社製品全体に不具合が発生します。
更に言えば価格が高ければ採算が合いませんし、納期が間に合わなければ、製造にかかれません。
つまりこのQCDはどれ一つとして会社として外せない要素で、購買担当者は、「うまくいって当たり前」「問題が起きれば自分の責任になる」という立場に置かれています。
そうなると考えることは「冒険はしたくない」ということになります。
例えば口では「増額なんて言い出すなら、もう取引は打ち切る」と強く出る購買担当者はいると思われますが、取引先を代えるということはそう簡単なことではありません。
実際に取引先を代えた場合、何かトラブルが発生すれば「お前がこんな会社と取引したからこんなことになったのだろう」と言われてしまう。その一方従来の取引先が不具合を生じさせたなら「長年付き合ってきた取引先だから信頼していたのに」と言えば、それはそれで社内で通ります。
購買担当者もこのような考えで業務に臨んでおり、増額を要求されたからと言って、簡単に取引先を代えることは実際には難しいのです。
無論、だから強気に出るというのではなく、それを踏まえどのように納得していただくかを皆さんが考える必要があるということになります。
2.自社のポジションを理解する
次いで大切なことは、納入先にとって自社がどのようなポジションにあるかです。取引をしていただいている以上、何かの価値を認めてもらっているわけで、それが何かを考えてみます。製造業の方であれば、例えば先ほどのQCDVの観点から、以下の点で自社の製品を自己評価してみてください。
次に、同じ納入先で競合がいる場合、自社と競合を比較することも大切です。無論納入先の購買担当者に教えてはもらえなくても、長年の取引から以下のようなことは、ある程度類推が可能と思われます。
仮に皆さんが増額を申し入れた場合、相手の購買担当者が「増額するよりA社やB社に集約するか」と考えることは、十分にあり得ます。ただ2社に集約しても、今の情勢では今後そのいずれかから増額の申し入れがあることも当然に予想され、それも考えれば一番無理も聞いてくれる取引先を簡単には切れなくなります。
自社の何が評価され、競合と比較しどのような位置にあるのかを理解できれば、それだけ自信を持って交渉にあたることができます。
3.具体的な進め方
(1)データをそろえる
交渉にあたり一番大切なことは、客観的に「このような外的要因があるから、増額をお願いせざるを得ない」というデータを揃えることにあります。思いつくまま書き出せば、以下のようなものがあります。①各都道府県の最低賃金推移表など、人件費に関する資料
特に最低賃金は下記の通り、右肩上がりとなっています。
②原材料の価格の高騰に関する資料
③水道光熱費や物流費の価格の高騰に関する資料
④自社の経営状況(原価や販管費の推移等)
⑤増額をお願いしたい製品や商品につき、過去の価格や取引数量に関する推移
特に過去に減額の経緯がある場合は、以下のような表やグラフが有効になります。
無論、これだけの資料をそろえること自体労力がかかり、また実際の交渉の場でそこまで資料を広げることも難しいので、皆様方で必要と思われるものをご選択ください。
逆に言えば現在はこれだけ申し入れの材料はそろっている以上、少なくとも増額を申し入れること自体はおかしくないというお気持ちを持って進めていただければと考えます(交渉ですので、やはり腰を据えないと成功は見込めません)。
(2)価格改定依頼書をつくる
「価格改定(増額とは書かない方がいいでしょう)のお願い」というようなタイトルで依頼書を作成します。あて名は納入先の企業名、日付は基本的には申し入れ日、それに自社の名前を記入したうえで、以下につき記載します。
- ・増額をお願いしなければならない理由(人件費・原価・水道光熱費や物流費の高騰、コロナ対策等)
- ・増額をお願いしたい製品や商品名
- ・何をいつからいくらにしてほしいのか
以下はサンプルです。
なお価格の申し入れについては、自社の当年度の経費の予想額から損益分岐点売上高を割り出して逆算することが本来ですが、実際には現行の金額から10~15%が常識的な範囲です。
(3)面談し交渉する
まず納入先の購買担当者にアポをいただきます(大事な話で、基本的にはアポを取ってうかがうことが礼儀で、相手が逃げるような場合はアポなしということもありえます)。持参した価格改定依頼書をもとに、なぜ増額が必要か説明するのですが、大切なのは「自分としてもこのようなことは本来お願いしたくないのであり、心苦しいのだが」ということを、冒頭にも話すなど相手に理解していただくことです。
交渉の席でケンカは絶対にできませんし、話し合いの過程で納入先の購買担当者が感情的にならず、「増額はしたくないが、取引先を変更するような冒険もしたくない」という気持ちを持ち続けてもらうことが、取引維持のためには最優先になります。
無論、その場ですぐに承諾の回答があることは難しいでしょう。
申し入れ後に「どのように思われますか」というような、問いかけの言葉をかけ、感触を確かめることもありえます。
(4)時間がかかることを覚悟する
購買担当者であれば増額は基本的に避けたいですし、本人にある程度ご理解をいただけたとしても、上司(場合によっては経営者)の理解をいただけるかは未知数です。実際に交渉に成功しても、数ケ月単位の時間がかかったという例も珍しくはありません。
例えば価格交渉がうまく進まない場合、製造業であれば
- ・短納期案件は別途料金をいただく
- ・1回の発注ロットを増加してもらう
など、別の対応を考慮することもあり得ます。
4.まとめ
以上が基本的な価格交渉の進め方になりますが、大切なことは以下になります。- ・今の外部環境から言って、増額を申し出ること自体は決して筋違いのことではないとまず思い定める(自分の気持ちが弱くなれば、交渉は進みません)
- ・データをきちんとそろえ、根拠をもって申し入れをする
・絶対にケンカは避け、自らも心苦しいのだがやむを得ないという前提で話を進める(そうすれば簡単には、購買担当者は取引を打ち切れません) - ・相手の購買担当者の立場(社内の理解を得なければならない)も考慮し、時間をかけ話し合いを進める
これを踏まえ、納入先と円滑な関係を保ちつつ、必要な増額を認めていただく交渉を進めていただければ幸いです。