海外リスクを正しく知り、成功する海外進出を実現しよう!
海外ビジネスでは日本とは違った多くのリスクがあります。本稿では、中国ビジネスを例に“内部通報”による早期問題発見システムを構築し、リスクを軽減する方法をお伝えします。
(掲載日 2019/11/07)
海外進出中小企業の不正リスク管理について
はじめに ~本コラムのサマリー~
海外進出し、不正などのリスク管理に積極的に取組んでいる企業でも、社内の対策が形式化し不正手口が巧妙になる事例が散見される。
経営資源に限界がある中小企業に在っては、危機管理の必要性は認識しつつも事後的対処しかできない厳しさがある。結果、最悪な条件下での海外からの撤退といったことも想定される。
組織的不正など危機管理が難しい状況にあっても、“内部通報”という実践的問題発見の仕組みにより、速やかに原因究明し、再発防止を含めた解決策に繋げることができる。
“内部通報”のポイントは、信頼性、中立性の担保等にあり、外部の現地弁護士事務所を通報窓口とすることが適当と考える。これにより低コストで必要最小限の危機管理環境が整う。
日本企業は海外進出のリスク環境をどのように見ているのか
中国をはじめアジア新興国への進出を模索し、または既に進出している企業は、リスク環境について、行政や取引先との賄賂慣行、不正会計処理、労働争議、頻繁に変更される法律等、知財流出、人件費高騰、キックバックの不当利得、等のリスクが高いとみているようである。
このうち不正リスクに関してみれば、国際的な腐敗に関する指数(※)で中国に対する認識は日本やシンガポールに比べて2倍程度腐敗していると認識される。他のアジア新興国も同様の傾向にある。 (※出典:「腐敗認識指数 国際比較統計」)
形式化した取組みは不正手口が巧妙になるだけ
既に海外進出し、社内の不正やセクハラなどの問題に対し積極的に取組んでいる企業では、危機管理マニュアルの整備や内部監査に多額の費用や時間を費やしている。
ただ、なかには管理マニュアル、諸規程も日本本社の規定をそのまま中国語に焼き直しただけのものや、監査も外部監査機関への丸投げ、本社スタッフの形式的監査といったケースも見受けられる。こうした企業では管理対策が形式化し、不正等の手口がより巧妙になりやすいという実態がある。
また経営資源に限界がある中小企業に在っては、危機管理の必要性は認識しつつも、コスト制約や対応の煩雑さから事後的対処しかできない厳しさがある。
日本語の喋れる従業員への過度の信頼
事業規模に関係なく、不正が生じた企業には、共通するいくつかの経営管理上の問題パターンがある。
具体的には、
②定期的な業務チェックを怠っている
③不審な点はあるが証拠がない
④不正事案の対処に当たって、セカンドオピニオンを取らない
⑤頻繁に変更される法律・税務等の諸規定に関する正確な情報を入手していない
等である。
このうち①は多くの不正事例で見られ、アジア新興国でのコミュニケーションの難しさが窺える。
内部通報は風土に合った仕組み
中国を含め新興国では、キックバックなどの不正利得に対する認識が人により緩いように感じる。
キックバックを当たり前のように要求し関係先も応じる。要求しないまでも、贈賄を強く拒絶しない。贈収賄は中国三千年の礼物文化が背景にあり、社会からの一掃は困難のようである。
紀元前秦代で既に“伍什(ごじゅう)の制”という相互監視システムがあった。現在でも“仇富(庶民が特権階級に妬みを持つ)”という言葉があり、官僚など特権階級への反腐敗運動の切り札として通報制度が推進されている。上海など大都市でも住民相互の監視制度がある。こうした社会的背景から“内部通報”受入れに大きな違和感がなく、風土に合った牽制・抑制システムとして機能するものと考える。
リスク管理は経営者の覚悟の表明である
進出企業にとって、従業員に対する善意の思い込みや信頼のみにすがるのではなく、“内部通報”という問題発見の仕組みを整えておくことが必要最小限の対策である。地元役人や従業員の親族企業、職場複数従業員が関与する組織的不正事案は通常のリスク管理手法では発見が困難であり、また対応が後手に回った場合、事業へのダメージも大きくなる。
一方で、関与している人間が多いことは社内外で噂に上がりやすく、利害のない関係者からの通報が一番期待されるケースでもある。当然、事実が確認できれば、速やかに原因究明と再発防止を含めた解決策に繋げていかなければならない。内部通報スキームの整備と取り組みは、不正は見逃さないというリスク管理に対する経営者の覚悟の表明となる。
信頼性、中立性をどのように担保するのか
内部通報スキームを整備する上で最も留意すべきは、制度の信頼性、中立性・公平性の担保にある。この観点から通報窓口は、自社顧問弁護士ではなく、また社内組織でもない外部の中国弁護士事務所とすることが適当であり、コスト面でも合理的範囲に収まるものと考える。ちなみに私の経験では、50名までの事業所であれば、基本料金は月額5万円程度である。
外部弁護士を活用した“内部通報”スキームのポイントならびにフロー概略は次のとおりである。
【スキームのポイント】
a. 会社と直接的な利害関係のない外部機関(弁護士事務所)を窓口とする。
b. 通報者保護の観点から通報者捜しは原則しない。判明していても社内協議が終わるまで、通報者との接触は最小限に止める。
② 取組姿勢の表明 :内部通報制度を労働契約書等に明記する。
③ QMSの向上維持 : 外部機関からの報告・評価をQMS(業務品質マネジメント・システム)のPDCAサイクルに活用する。
④ 通報窓口担当者 :通報受入れ時での言葉や感情の問題による誤解を生じさせ難くするため、窓口は弁護士自身が直接担う。
⑤ 通報受付時でのスクリーニング(企業が経営に集中できる環境の確保):通報内容が誹謗中傷レベルか、対応が必要な事案かの第一次見極めを通報受付の弁護士が行う。
⑥ 再発防止・抑止 :弁護士意見書の社内公表等を行い、通報事案への迅速な対応の見える化を図り、再発防止・抑止に繋げる。
⑦ その他 :通報窓口事務所は、不正等発覚後の対応策についてセカンドオピニオンを取る機関としても活用できる。
【処理フロー】
通報窓口は何故、顧問弁護士や社内組織ではなく、外部の弁護士事務所か
自社顧問弁護士の窓口が適当でない理由は、
①本来、経営陣の利益を守るのが顧問弁護士の役目であり、経営陣の不正行為や社内の労働問題に関する通報の場合、顧問弁護士の立場では、中立性等の観点から対処できない(仮に弁護士事務所内で担当弁護士が異なったとしても利益相反の調整は難しい)こと、
②従業員は顧問弁護士を経営者側とみているため、通報制度への信頼度低下が懸念されること、
が挙げられる。
また通報窓口を社内に設けることについても、①通報者が自身の情報漏れを懸念し、通報を躊躇すること、②社内窓口の人間が事案に関与しているケースも想定されること、から適当でない。
日本がやらなければ、他がやるだけ
中国をはじめアジア新興国のリスク環境は厳しいものがあり、海外進出に二の足を踏んでいる企業も多い。しかしながら中国13億人の市場やアジア各国は、急速に高度消費社会に向かっており、我が国の中小企業が直面し経験してきた分野で、強かに準備していれば企業知見が十二分に発揮できると確信している。「日本がやらなければ、他がやるだけ」では残念過ぎる。しっかりしたF/S(実現可能性調査)は当然のこと、国の施策や東京都内商工会議所等の支援プログラムを活用し、海外で積極的に事業展開されることを念願して止まない。