専門家とともに歩むIT活用
コロナ禍で早急な支援が求められる中、日本の多くの中小企業でオンライン申請ができないなどIT基盤の脆弱性が指摘されました。IT活用が日本でなかなか浸透しない理由は何なのか? どうすればIT導入を業務改善につなげられるのか? IT導入を支援する事業者の視点から考えます。
(掲載日 2021/02/08)
専門家と二人三脚で成功させようIT活用
先日、小規模事業者のAさんと年末の挨拶回りに同行した時の出来事。
Aさんは名刺ファイルを一束携行していました。今日の訪問先を含むページを抜き取ってきたのでしょう。名刺ファイルはかさばる上に、次の訪問相手の名刺を見つけるのにとても手間取っていました。Aさんの名刺管理に関連する一連の業務を想像すると、ただちにスマホで使える名刺管理ソフトの導入が思い浮かびます。
名刺管理ソフトの導入は立派なIT化です。IT化(IT導入)の支援者である事業者はどうすればよいのでしょうか?
今風にDX(デジタル・トランスフォーメーション)を支援する側の視点から見てみましょう。
① お客様との信頼関係を構築する
まず、お客様に対してやってはいけないことがあります。専門知識を振りかざして性急に目的のソリューション(ITツール等)の購入・導入の話に入ってしまうことです。
ITソリューションの営業現場では下記の方程式が成り立ちます。
専門知識+営業的熱意=お客様の敵意
カタカナ用語を駆使して熱心に説明しては嫌われるIT専門家に心当たりはありませんか?
最初に行うべきは、お客様の困っている状況をよく聞き、誠意をもって共感を示すことです。ITソリューションについてもお客様の立ち位置から眺めてみましょう。
例えば、こんな具合です。
お客様:そうだよ、今日使いそうな分だけでいいんだが、モレがあると困るから、ついたくさん持ってきてしまった。
支援者:名刺はスマホで管理できるソフトがありますよ。
お客様:名刺管理ソフトとやらも聞いたことはあるが、私には敷居が高くてね。
支援者:なるほど。どうして敷居が高くなるんでしょう?
お客様:以前営業に進められて○○ソフトを導入したことがあるんだが、カタカナ言葉ばかり振り回されてストレスがたまった上、結局使いこなせないで捨ててしまったことがある。トラウマだね。
支援者:ストレスがたまった上に使いこなせないで終わったら最悪ですね。
信頼関係の構築には、下記の方程式が成り立ちます。
誠実さ+傾聴=お客様の信頼
支援を受ける側からみると、信頼関係の構築プロセスを省略してしまう支援者は、顧客のビジネスより自分の売上や実績を優先していると考えて間違いありません。早々にお引き取り願いましょう。
② お客様とビジョンを共有する
信頼関係が構築できたら、名刺管理ソフトの導入・運用というビジョンを作り上げます。
支援者側は検討段階から導入、運用まで全プロセスにわたって明確なイメージを持ち、かつ、お客様が主体的に行動するようにリードすることが大切です。そのために、適切な質問をすることでお客様に必要なことを判断してもらいながら進めて行きます。
具体的には以下のような具合です。
ⅰ) 現状の課題を明確にする
お客様:はい
支援者:なぜ困ったのですか?
お客様:そもそも名刺がたくさんありすぎる。だから保管も大変だし、探すのも大変。
支援者:外出先でも必要ですか?
お客様:もちろん必要。名刺ファイルをピックアップして持ち歩くが、かさばるし面倒だし、忘れることもあるし。
支援者:スマホにすべての名刺を保管して、検索もできたら使いますか?
お客様:大変助かる。だけど難しそうでオレにできるかなあ?
この段階でお客様にも名刺管理ソフトの運用イメージが見えてきたはずです。お客様の思考回路は受動的から主体的に切り替わってきます。
ⅱ) 課題解決(スマホへの名刺管理ソフトの導入・運用)に向けての問題点を洗い出す
お客様:まず第一に使いこなせるかどうか。オレはITなんてからきしわからないから。それからたまった名刺が三千枚以上ある。これどうやって入力するの?あと費用だな。
お客様の関心は具体的になると共に心配事も増えてきました。
ここでも対話を繰り返しながらお客様に主体性を持ってイメージを構築していただきます。ここでは実演デモが最も効果的でしょう。
お客様:なんだ、簡単だね。
③ お客様のビジョンに合ったIT戦略を提案する
いよいよ具体的ITソリューションを提案します。以下、少々長くなるので要点だけ。
名刺ソフト自体は無料版で十分。お客様がお使いのスマホは少々古いので買い替えが必要でしたが、ご契約の通信プランが割高だったことがわかり、通信プランを切り替えることで新しいスマホ代を捻出できてしまいました。たまった名刺の入力は、別途お手伝いすることとしました。
④ 導入・運用を支援する
名刺管理ソフトのインストールは簡単ですので、お客様お立合いの元、スマホとPC両方にインストールします。紙名刺データの一括入力作業は一度しか行わない作業ですので、一括して請け負います。この作業はシステム構築の用語で「旧システムからの新システムへのデータ移行」に相当します。
仕上げとして順調に運用できているか確認します。
この場合は、名刺入力を日次業務に組み込むこと、外出先での検索操作を少しだけ練習することで使い始めることができました。
⑤ ITで業務を改革する(DX)
ここまでで「導入完了!」としてしまうとDXにはなりません。デジタル化はもっと可能性を秘めています。
「名刺管理」は顧客管理、仕入先管理に直ちに関連してくるはずです。次は、顧客管理に関して、①に戻ってお客様の困りごとを共有することから始めましょう。
以上は、無料の名刺管理ソフトの導入・運用という、極小規模のDXということになります。お客様は名刺の保管と日常業務での活用で十分な効果をあげることができました。支援者は短期的売上への貢献はほとんどありませんでしたが、「信頼」という無形資産を積み上げることができました。
DXは規模にかかわらず同様なプロセスを辿ります。
実は、上記のプロセスは大手ITベンダーで実績のあるSignature Selling Method(SSM)を念頭においています。SSMはITソリューションを導入するためのプロセスのひとつで要点は以下です。
① お客様の事業を理解する(=信頼関係の構築)
② お客様とビジョンを共有する
③ お客様のビジョンに合ったIT戦略を提案する
④ 導入・運用を支援する
あれ、名刺管理ソフトの例と同じですね。そう、同じなのです。多少簡略化しましたが、違いはそれぞれのプロセスが細分化され、それなりの人員を擁した組織があり、営業や技術に関して道具がたくさんあり、規模が大きい、ということだけです。上記プロセスをしっかり理解した営業担当者がお客様と信頼関係を構築し、お客様の主体性を保ちながらお客様をリードすることができればプロジェクトは成功します。
逆にIT提案ありきでシステムベンダーの売上を優先したようなプロジェクトは高い確率で失敗します。
名刺管理ソフトの例では社長一人の頭の中に、IT化を推進したい人とIT化を心配する人と2人がいました。大規模システムの場合は、多数の組織、人物が関係してきます。それだけに手間はかかりますが、基本は同じと言えます。
令和2年に発足した菅内閣はデジタルトランスフォーメーション(DX)を一つの目玉としているようです。新しいテクノロジー、利用しやすくなったテクノロジーを大胆に活用していく視点と意欲が必要です。それは難しくて費用のかかるものばかりではありません。基本にかえれば、推進可能でしかも効果の大きいことは身近にたくさんあります。情報のアンテナをしっかり立て、こころを広くもって、前を向いて事業を進めてまいりましょう。